1980年の恋人
イタリアントマト(1)で待ってて
TE71のレビン(2)で行くから
マニュアル ツインカム DOHC
夜のプリンセスロード(3)を滑走するよ
真っ赤なピアッツァ(4)のスリップストリーム(5)
そしたら高田馬場の下宿(6)に籠って
互いの恋話で笑い合い
兄妹のように眠ろう
きっと憧れた フリーブッキング(7)
魅せられた ハスキングビー(8)
午前2時に迎えに行くよ
ママに内緒で窓から抜け出しておいで
美少女の教え子に
とんだ課外授業
バークレーのトレーナー(9)は
ビームス(10)で見つけた
パステルカラーのパーカーを羽織って
香り付けはクレージュ(11)で
サムタイム(12)はいかが?
メンソールの煙がたまらない
レノマ(13)のライターでつけてあげる
君の心にだって
そしたら洗い立てのレブロン(14)
バルサムの髪と上向の乳首
裸のままでキャンバスチェア(15)に座る
ローズバッド(16)という名の娘
駐車場がないのだからしょうがない
麻布警察署(17)に停めてしまう
チャクラマンダラ(18)に繰り出そう
陸サーファー(19)を気取ってるのさ
さあ愛のコリーダ(20)が始まるよ
真夏には屋根のないジープのレンタカーで
新島(21)の焼けつく風に髪をさらす
昨晩恋した娘と明日はお別れ
だから時間を聞かないで(いまなんじ?)
夏をあきらめないで(だって晴れてるし)(22)
きっと蕩けた スイートスポット(23)
弾けた ジャミングシュガー(24)
【 解説 】
1. 1980年代に一世を風靡したイタリアンレストラン。おしゃれな街には必ずあった。今でもあるらしいがかつてのトレンディさは無い
2. カローラレビンは手が届きやすいスポーツカーとして名を馳せた。後継のAE86型の評価が高く近年になって86として復活しているが、丸くなったAE86よりも角ばったルックスはTE71型の醍醐味。軽量ながらツインカムDOHCエンジンが自慢だった
3. とある街道の名前
4. 1981年発売のいすゞの車。名車117クーペの後継車。117と同様にイタリアの著名なジウジアーロのデザイン。当時としては斬新なデザインで見慣れるほどに魅力的に映った
5. 高速走行において、前の車の直後につくと空気抵抗が減って後続の車は楽に走ることができる、そういう走り方
6. 東京都新宿区の高田馬場駅周辺にも大学生のためのアパートが点在していた
7. 店内が多層化された先端的な造りの名古屋の喫茶店が当時突如として流行った
8. やはり店内が多層化された先端的な造りの名古屋の喫茶店
9. アメリカの大学名が入ったトレーナーはトラッドファッションの定番
10. 1976年創業のBEAMSは、アメリカ西海岸のカジュアルファッションのセレクトショップとして雑誌「ポパイ」などと組んで急成長した
11. フランスのファッションブランド、クレージュはミニスカートを発明したことで有名。1980年頃はまだ人気があり、海外のブランドの中では手頃感があった。香水も手がけた
12. かつて存在した日本のタバコのブランド。清涼感のあるメンソールの香りが特徴で、海外ブランドのセーラムと人気を二分した
13. フランスのファッションブランドrenomaのロゴはあらゆる製品に見られた
14. 印象的なバルサム(樹脂系)の甘く強い香りを放つレブロンのフレックスシャンプーは一世を風靡したが現在は生産終了となっている
15. キャンバス地のディレクターズチェアがプチ流行していた
16. 薔薇のつぼみ。映画「市民ケーン」で有名だがここでは深い意味はない
17. 六本木交差点付近にある警察署。灯台下暗しとばかりそこに無断駐車するとはいい度胸だ
18. 六本木のスクエアビルに入っていた何軒ものディスコの一つ。陸(おか)サーファーの男女で溢れていた
19. 実際に波乗りしないのにファッションだけはそれっぽい格好で街に繰り出す連中
20. 大島渚による映画名を曲名にしたクインシージョーンズのディスコミュージックは大ヒットし1981年の年間チャート1位となった。当時を象徴する最高の一曲
21. スマホもSNSも無い時代、若さが有り余っている者たちはひと夏の出会いを求めてナンパ島の悪名を馳せた新島へ
22. 言わずもがな、サザンのあの曲やあの曲
23. 深夜まで営業していた名古屋のカフェレストラン
24. かつて名古屋にあった有名なジャズライブ喫茶
コメント
解説〈脚注〉付きというのが〈なんクリ〉っぽくて80’s
80年代の空気感が、バシバシ(この云い方古臭いですね^^;)伝わってきました
私はまだ小学生のガキンチョだったけど
オールナイトフジとかねるとん紅鯨団とか
女子大生ブームとかね
上の世代の人たち、なんか楽しそうって思ってましたね
軽そうだな、とも思いましたけども
音楽も、その年代の人たちには
サザンもユーミンも人気ですもんね
カセットテープにお気に入りの音楽
曲順とかスゴイ悩みながらダビングして
カーステレオ流しながら、ドライブしてたんでしょうねきっと(^^)
こりゃたまりませんねー。だがしかし、微妙に私の年代とはズレているが故に、そうそうあったよね〜と青春と重ねて回顧できるほどこの時代を謳歌した感はまったくないのです。昭和も80年代も中学時代で終わりましたので、その後はバドやクアーズを飲んでみたりタクティクスの香りをかいだり、少し遅れてハートカクテルに憧れるような鬱屈した高校時代の田舎の風景が浮かびます。
@三明十種
それな!(笑 決してXのトノモトさんのなんクリへの感想の反論ではありません(笑 でもトノモトさんがなんクリ読んでる時に私がこれを書いていたのはちょっとシンクロニシティでした
@雨音陽炎
雨音さんの感想が同時代を生きた人のそれのようで本当に小学生でした?(笑 まさにその軽さが80’sですよね
@あぶくも
タクティクス! 実は使ってましたし、好きすぎてまだ手元にあります(笑 あぶくもさんはこの世代より少し後でしたよね。1990年頃にバブルが弾けるまでの80’sは軽くて明るい能天気な時代でした。
@たかぼ
さん
いやいや、私はまだほんのおこちゃまでしたよ(#^^#)
土曜日とか少し遅くまで起きてると、やってたんですよ
オールナイトとかねるとんとか
オールナイトフジには、デビュー間もないウンナンさんが出てたので
たまに見たりしてました
ねるとんは、学校でも流行ってた気がします
なんだかこの詩を読んで
♪彼の~車に乗って~真夏の海を~走り続けた~
という、平山みきさんの曲が何故か流れてきます
オープンカーで海沿いをかっ飛ばしてるイメージですかね
なんだか、夏は海や避暑地、冬はスキー
というイメージも
私をスキーに連れてって
なんていう映画もあった気が
世の中全体が、個人個人はどうだったかはともかく
浮足立っていたような年代だったようにも思いますね
。。。って、こんな話したら
ますます、ホントにガキンチョだったか疑惑が増してしまったりして( ̄▽ ̄;)
失礼しました(#^^#)
@雨音陽炎
オールナイトフジを見るおこちゃまって(^^; まあ私も小学生の時に11PMをちらちら見た覚えはありますが。あのころのTVはコンプライアンスも何もなくはちゃめちゃで楽しかったですね。「私をスキーに連れてって」はとてもクールな映画で今観ても楽しめますよね。見てない人はぜひどうぞ。1987年作なのであとから思えばバブル後期ですが当時は十分に明るい時代でした。あの映画も悲惨さはみじんもなくそういう意味で僭越ながら私のこの詩と描こうとしたものは同じかもしれません。重ねてコメントありがとうございました。
この詩は、注釈あってのものなのでしょうけど、注釈を読まないでも、80年代の雰囲気や空気感を(もちろん、タイトルも含めて)感じさせる詩になっているのは、さすがです。
そして、注釈も楽しめました。
80年代の終わり近くに、(セバスチャン・バックがヴォーカルのほうの)スキッド・ロウの(まだ、テープの)ビデオを同級生から見せてもらって、こんなカッコいい人たちが居るのか?!と衝撃を受けたのが私の80年代でした。ふふ。
@こしごえ
スキッドロウですか、検索、おおヘビメタですね! 苦手なジャンル! ボンジョビすらほとんど聴かない私です。私のハードロック系はまだヘビメタという言葉が誕生する前のツェッペリンで止まっています。それはともかくとして、80年代の空気感を感じて頂けて幸いです。みなさんそうでしょうが、私の詩も自叙伝的なものが多くこれもその一つです。それを軽く、ポップミュージックの歌詞の様に書きたいと思ったのでした。注釈を入れることで私らしさを出しながら。
あー、80年代若者文化が薄っぺらいって書いちゃったっけ。オレが青春時代を過ごした90〜00年代の若者文化だって、小室サウンドとか援助交際とか車はカローラとか、充分薄っぺらいんですけどね。その当時を生きていないと肌感覚として実感できないものだけど、やっぱりバブル期のノーテンキさというか、それなりにみんなが潤っていて、それなりにみんながカルチャーに対する共通言語を持っている、ってのは今思えば特異な時代ですよね。
@トノモトショウ
1980年、40才以下の人はまだ生まれていない時代、スマホもSNSもないけれど、なぜこうも明るく軽くバカっぽいけどファッショナブルだったのかとの思いを込めて書いた詩なのですが、今この返信を書きながら気づいたことには、もちろん学生運動が終わり、しらけの時期を過ぎて、バブルが始まった時代という社会背景もあるけれど、実は明るく軽くバカっぽかったのは自分自身だったのではないか? つまり二十歳前後の人間というのはすべからくそういうものなのではないかと気づきました。つまり時代は変われど今この時も、二十歳前後の人間はやはり明るく軽くバカっぽい奴が多いのではないかと。ただそれだけでは「なんとなくクリスタル」がベストセラーになる理由がないので、やはり1980年に特異な雰囲気というものがあったのでしょうね。
一読して、最初、24人もの恋人とのあれこれかな、と邪推してしまいました…(大袈裟ですね、)
タイトルにあるように、ここにある場所や出来事は恋人とのあれこれと付随するようなイメージと共に、時代の空気感、または、作者の生きてきたであろう空気感のような。でもやっぱりぱっと浮かんだのはノスタルジックな気持ちでした。
ぼくはまだ生まれていない時代かもですが、いろんな作品でその時代の雰囲気を知ることができる機会もあり、生まれぬのが少し遅かったかも、なんて哀愁に少し浸ってしまうような、心地よく読むことができました。。
@ぺけねこ
いえいえ24人の中のごく一部の恋人とのあれこれにすぎません(嘘です笑)。令和の時代にあって、昭和の世相はノスタルジックに人々の興味を誘うようで、TVなどでも面白おかしく取り上げられることがありますね。そしてたいていは好意的な文脈で語られることも多いです。それは現代と比べてやはりどことなく明るく軽い雰囲気が感じられるからでしょう。経験は記憶となることで完成されますが、こうして詩を書くことでその記憶を整理できるような気がしています。コメントありがとうございました。