映画『対峙』感想詩
二組の夫婦による会談の物語。
この映画に対する情報を一切もっていないのなら、ここから先は読まずに映画を観ることをお勧めする。冒頭20分くらいは辛抱がいる。
私はこの映画の情報として、子供を殺す事件が起き、その被害者の両親と加害者の両親が対峙して会談するということだけを知っていた。
見はじめて、でてくる人物たちのすべてになにやら緊張感が漂うこと以外はなにも分からず、20分ころに被害・加害者の両親が集まり会談しはじめても、どちらが被害者の両親でどちらが加害者の両親かは分からなかった。
ここからは完全ネタバレもする。
起きた事件は昨今のアメリカでまれに起こる学校での無差別大量殺人事件。犯人の学生はパイプ爆弾と友人宅で見つけた銃を持ち込んで無差別殺人をしたあと自分も自殺する。
会談以外の映像は一切出てこないのですべては想像するしかないが、事件後、加害者の両親はマスコミに追われ、多くの人々から非難を受け、弁護士を通じてしかコメントを出せない状況にあったことが判る。
年数は分からないが、時が過ぎ、加害者生徒がなぜそんなことをするようになったのかが知りたくて、(もめ事になりそうな権利を放棄して)被害者の両親が加害者の両親と会談することを第三者を挟んでセッティングした。
▼30:47(台詞引用 以下同)
今日 気持ちを言葉にできるように
詰問のようになってはいけないと
好奇心を持ち 防御的にならずに
“報復的でなく”
そう言ったわ
防御的と
いいえ 報復的よ
/
非難しに来たのではありません
約束しますが
今までの発言はすべて本音です
その気持ちを謝る気はありません
/
お話を聞きたいんです
傷を癒したい
▲
被害者側は加害者側を責めるのではなく、事件がなぜ起きたのか、加害者生徒の育て方はどうだったのか、どこが問題だったのか、どこで道を間違ったのかが知りたい。
▼31:53
お2人は大変な努力をなさってきた
公的な活動での成果だけでなく
その勇気が すばらしい
ずっと見守ってきました
/
感謝しますが
喜びは感じていません
でも 活動は挫折しやすい
かもしれないがその言葉は嫌いです
他に すべきことが分からないだけ
/
今日 会ったのはその話のためではない
無関係ではないはず
“国は十分な義務を果たしてない”と
オバマの引用でしたが
我々は互いに殺し合ってる
異論はないが 要因は様々だ
どちらか一方ではなく・・・
/
その話はしないと約束した
/
ひと言だけ
どちらか一方というのは誤った考えだ
問題をそらすか自己弁護でしかない
“問題は銃ではなく心の状態だ”
“両方への対処は不可能”とか
もちろん 子供が自傷しようとしたら――
危険物の始末だけでなく
子供の力になろうとする
原因を探り 変えるため
なぜ こんな話するの?
こんなことを聞くため
来たんじゃない
/
人は責めることで
何かを変える方法を見つける
だが それを問いたい
私は自分を責めているのに――
何も変えられない
/
過去を変えられない
だから自分を責める?
自分を責めているんですか?
答えを知りたい
政治的な話でなく
答えを
詰問は いけない
あなたは
彼の犯行を抱えて生きる
私たち被害者は・・・
だから
どういう意味か話して
責めるとは何のこと?
あなたにとって
どういう意味?
▲
ここまでて、被害者夫婦は銃規制運動をしていることが分かる。こういった暴力事件が起きるのは銃があるからだという問答。でもその主張や是非などを話しに来たわけではない。この会談にあたってそれはどうでもいいものであり、聞きたいことは別にある。
▼36:02
すべてをお話しできますが
誰にも分からないこともある
▲
加害者の両親の話では、息子を育てるにあたって、虐待や暴力をふるうということはなく、これといっておかしな育て方をしたわけではないことがうかがわれる。息子はシャイで友達作りが苦手だったということ以外には別段なんの問題もなかった。変化があったとすれば転居であるが、与えられた環境に問題はない。しかしいじめを受けた。このいじめがどんな行為なのかは分からないが、成績は優秀で問題のない生徒だった。しかし鬱の兆候があることが分かり、その対処も行っていた。
▼44:47
いくら専門家のアドバイスがあったとしても――
決断するのは私たち2人しかいなかった
そして努力し何度となく試したんです
▲
パイプ爆弾作りが問題となり、逮捕もされたということを高校に知らせなかったのは親の判断ミスだが、セラピーは受けさせており、可能なことは他人の協力も得ながらやっていた両親。愛情は与えていた。ではなぜ彼は犯行に及んだのか?
▼45:29
診療プログラムを・・・
そんなものは無意味だ
専門家は間違っていた
我々もそうだ
あの子はウソを
何ですって?
知ってたんですか?
何か隠してると感じましたが――
まさか あんなこと
我々が秘密めいて見えたかも
秘密というより疑惑を感じていました
現実について――
認識すべき
親の勘が働くでしょ
心が痛むはずよ
だから あの子を救おうと
分からなかった
その後の出来事
訴訟 マスコミ
我々に向けられた憎しみ
経験も覚悟もないまま
直面し――
必死に生き抜いた
答えがないから公に話さず
方法が分からず
“防止の会”への協力を断った
だから黙っていた?
答えも考えもなかったから?
▲
事件後に加害者側が被害者等と面談することは不可能だった。しかし騒ぎは拡散され、誹謗中傷を受け、コメントも出せなかったことがやりとりからうかがわれる。謝罪の言葉は文書でしか出せず、そして謝罪するということ対しても、殺人者と家族とは別の人間であり、彼らを非難してもなんにもならないことの逆に、彼らに謝られたとしてもなんにもならない。
▼47:57
悔いる気持ちは?
/
すべてを悔やんでる
最悪の結果となってしまった
変えられるなら 変えたい
後悔ばかりだ
冷静すぎる
どうしろと?
/
あなたが苦しむ姿ではなく
罰を受けるのが見たい
心痛める様を
▲
でも、それは意味のないことであることも分かっている。このやり取りの中で男親と女親の違いもよく分かる。
ここから先は言葉にできないことをどうにかして言葉にしようとするやりとりとなる。
▼48:53
彼にはパイプ爆弾を作る息子がいた
パイプ爆弾だ
逮捕され 診療プログラムに
私は怖かった
2人とも恐れた
私たち 2人・・・
私は恐れた
/
“以前 自殺を考えたが――”
“殺人願望は精神鑑定の時だけ”と
我々は恐れたが
最良の解決法に すがった
あの時 何かすべきだった
今ならともかく どうしろと?
手作り爆弾ごときで将来を潰したくなかった
なぜ爆弾に興味が?
驚きませんでした?
知らなかったので 動揺した
ネットで知って・・・
“作っただけ”と
“僕だけじゃない”
そう言っていた
“完成品を爆発させたい”
そして よく知る森へ
以前の家
誰もいない場所だ
目的は――
決して・・・
その言葉を信じようとした
その後 部屋から別の図面が
“国防総省ではお金になる仕事だ”と言った
言い訳だ
信じるなんて
未知の分野だ
問題を起こした後で
なぜ信じた?
信じたかった
息子は私にいろんなことを話した
信頼されていると思った
でも 今なら分かる
息子は意図的に――
ウソをついていた
私を遠ざけるために
事態が好転したと信じたんです
/
ひとたび
/
自らの運命を決めた者は――
幸福感に浸ると
陶酔するかのように
殺人願望にチェックを
セラピストは“普通だ”と
怒れる若者だ
なぜ問題を無視してばかり
隣人が警察に通報
警察ではなく 我々に
事件の前年だ
最悪の夜で
息子を落ち着かせ――
悩みをできるだけ軽くしようと
だが それはむしろ逆効果だった
怯えていたのかも
理解できないことに対し――
すぐにイラついた
だから余計・・・
困惑する
助けを求めることができない性格で
やがて まったく――
私に頼らなくなってしまった
あの子に対する期待が高すぎたのか
負担に思わせないようそのまま放っておいた
あの子を・・・
見放したと同じだ
▲
加害者の両親は愛情をもって息子を育てていた。
息子は爆弾を作って騒ぎを起こして逮捕されたことがある。そのことからセラピーにも通わせていた。
しかしなぜ彼がそんな事件を起こしたのかをどちらの両親もともに知りたいというやりとりがつづく。
▼53:28
事件が起きた時
驚かなかっただろ
驚きました
何が起きたか
今でも分からない
▲
やがて事件の全貌が語られるが、からくりがどうだったというようなミステリーの話ではない。自分の息子が無差別殺傷事件を起こし、それを知った当日、夫婦各人がどう思い、どういう行動をしたのかが語られる。
▼58:49
私も殺してほしかった
でも あの子は私たちを愛してた
そう言ったわ
つらい思いをさせてすまないと・・・
ノートに
あなた方や 我々すべての人生を破滅させた
そうです
でも 私たちの愛は・・・
あれは本当の愛でした
私たちは 心から
いい親だと思ってました
そして最悪なことに・・・
今も そう思っています
良い母親と思うことは許せぬ過ちですか?
子供たちを愛してます
他の親と変わらないのに何が違ったの?
私には・・・
もう何も信じることができないんです
私は人殺しを育てた
/
知らなくて
息子を止められず
話す言葉がなくて
何も言わなかった
謝ります
語るべきものがないと思っていました
私は答えが欲しい
あの子の行為と折り合いをつけるため
愛し 育てた我が子と
でも 答えはないのかも
求めるのは不遜かもしれない
▼1:01:39
“憎しみは分かる”
▲
ここからは殺害者がどのように殺害していったかが語られる。
被害者の父親は、これだけのことをした犯人にはなにか脳に障害があったのではと問う、サイコパスだったのではないのかと。
▼1:05:55
治療不能だろう
効果が出た方法は?
薬は効いたか?
脳の構造の問題なら?
病理ではなく 身体的な
言いたいことは分かる
問題は高校でも――
中学でも転居でもない
彼自身だ
赤ん坊のエヴァンを覚えていますか?
私は日々 幼い頃のヘイデンを感じる
無力さ
泣き声
あの笑顔
あなたの話は信じない
でも 何かが起きたのよ
虐待はない
/
ネグレクト?
手は尽くした
必要なら 子供たちの軌道を正すべき
我々は失敗した
分かってる
だが 私は必死で努力した
そばに いられるなら何でも
▲
なんらかの病理があり、それが生まれ持った性質であるとするなら、病の原因やその子自体を排除することは可能だろう。しかしそうではない。
原因を追究する、けれどもたどり着けないもどかしさ、きっとこういうことだろうで済ませられない真剣さがあればあるほど、追及は激しく、けれど納得もいくことができない。
▼1:07:46
異常などなかったと言ってるようだが
私の息子だ
愛しく思う気持ちは消せない
私が言いたいのは
彼が人を殺す可能性は――
長らく潜在してたということだ
ひと言で何かを理解できると思うか?
それで安心か?
私は そんなことは信じない
それほど単純でも明確でもないから
息子は無力だった
助けるのが親の役目よ
私たちの役目
“兆候”が見えなくても
助けるのが親の義務よ
私は失敗した
▲
無差別殺人とは、特定の誰かを苦しめるために起こすものではない(からよけいに性質が悪いのだが)。この事件も殺害者は見知らぬ生徒たちを無差別に殺害しており、そこになんらかの恨みのようなものがないことが分かる。しかし、そうであればあるほど、この問題は難しいものとなる。
▼1:09:30
息子が どう死んだか
分かってない!
▲
被害者の息子は6分間苦しみを味わった。ここは怒りの感情が爆発するシーンであり、その後、一度暗転する。そして殺害者が誰をどうやって殺したのかを一人一人時間を追いながら父親が語る。殺害者は命乞いをした者も撃ち殺したことも分かる。
▼1:19:51
あの子は みんなの人生を破滅させた
あの子がいなければ世界はもっと・・・
よくなった
でも 私の場合は違う
すみません こんなこと・・・
言うべきじゃなかった
私は ただ・・・
死ぬ前に犯した罪のせいで
あの子の――
人生には価値がないと信じようとした
でも・・・
そう信じる必要はないですよね?
▲
価値について。
▼1:21:48
人生には意味があると
ムダにはさせない
あの子や みんなの
おかげで――
すべてが変わっていくんだと
でも 何も変わらない
彼らが消えただけ
/
価値の話をするなら
彼らの人生に価値が・・・
何か意味があってほしい
何かを変えてほしい
▲
ここはアメリカ社会を考えると絶望的にならざるをえない告白だろう。無差別大量殺人事件を無くすために、武器そのものをなくそうとする運動をしてもそうならない社会。
最後は赦しへとつながっていくが、これは本編にお任せする。
無差別大量殺人事件の犯人は自殺してしまったのでその真相は分からない。これは現実に起こった事件も同じことだ。『告白』のような、歪んだ家庭環境に育った人物が何らかの事件を起こすのであれば、その原因や問題点を見つけることはたやすい。けれど、そうではなくて、人並み(以上)に愛情を与え育てられてきた子供が、ときにこういう事件を起こすことの難しさ。そういう社会になってしまったアメリカという国の問題。武器の入手ができない日本ではまだ起きていない事例だが、同様の事件は起こっている。愛情を与えられて何不自由なく暮らしているはずの子供が、どこかで道を誤って、多くの人を殺す行動をする。しかし原因は分からない。この場合の分からないというのは、その人物が抱えてきた社会背景・家族関係の闇が深すぎて分からないというのとは違い、軽すぎて分からないという共通項はあるだろう。何かにムカついたから爆発するということ。その何かはなんでもよくて、ついでに自分も死ぬつもりでやるということ。これは怖い。止め方が分からないからだ。
では他殺ではなくて自殺に向えばいいのか? それは、関係のない他人を巻き添えにしないというだけの話で、関係のある人たち(主に親族)にとっては自分の家族・友人・知人が殺された(自殺した)事件であることに変わりはない。残された者たちには必ずなんらかの傷が生じる。だから死んではいけない。死なず殺さず、寿命まで生きることのすばらしさよ。
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