老人と旅人

雪で覆われた山道を一人の老人が杖を頼りに歩いている。

⸺ここまでだろうか。

老人は独りごち、壊れかけの杖を崖下へ放り投げようとした。その姿を見た行きずりの旅人が、老人の空っぽの背を見つめて言う。

⸺老人よ。諦めるとは全てを捨て去る事ではなく、拾ってきた荷物を抱えたまま、旅路を進める覚悟の事である。

それを聞いた老人は、自身の荷物の少なさを嘆き、手放しかけた杖を握りしめ、張り裂けんばかりの大風呂敷を曳いて歩く旅人に尋ねた。

⸺尊公は一体、何処まで行くつもりか。

旅人は答えた。

⸺無論、果てまでである。

直後、旅人は大荷物に軸を奪われ、崖底へと滑落した。

蒙昧な幸福を望むか、崇高な不幸を望むか。
何はともあれ、冬の山道など歩くべきではない。

投稿者

東京都

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