春の宵 ―上野、不忍池

さざめくような風が、頬をなぞった。寒くはな
い。微妙だ。

河津桜の蕾がところどころ開き始めていた。薄
いピンクだが、宵に紛れると、色が濃くなる。
その向こうに水面が広がっている。高層ビルの
光が水に映る。吸い込まれるように、遊歩道を
歩いていった。感情も流れた。

命の揺らぎを、辿ってみた。花のように、毎年、
生まれ変われたら、咲けたならいい。それはそ
れで哀しいけれども、ちいさな揺らぎを気持ち
にとどめて、余韻を、絶えず忘れずにいられた
ならいい。

もうすぐ、花海棠が蕾を開く。私は、ただ、眺
めることしかできない。口出しはしない。蕾は
濃いピンク。花開くと淡い色になる。花と水は
共鳴し合うのか。距離を保つのか。

ふたつの花から、以前、想っていたひとの姿が
蘇ってくる。そのわずかな命の加減を、身体の
中に放つ。ゆっくりと池の水を見つめた。

そのひとも
水際で
毎年咲いたのか
同じ色だったか
宵は、深まってくる。

投稿者

東京都

コメント

  1. この詩から、春の宵の微妙な空気感を感じました。
    春が好きです。^^

  2. @こしごえ
    こしごえさん、今頃の季節を言葉にしてみたいと思いました。季節と、花と、人心を絡めてみました。今頃の微妙な空気感は好きです。

  3. 想い人の描き方は特に詩人のスタンスがもろに出ますねーそこが面白いですよね

  4. 想い人の描き方は特に詩人のスタンスがもろに出ますねーそこが面白いですよね

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