春の宵 ―上野、不忍池

さざめくような風が、頬をなぞった。寒くはな
い。微妙だ。

河津桜の蕾がところどころ開き始めていた。薄
いピンクだが、宵に紛れると、色が濃くなる。
その向こうに水面が広がっている。高層ビルの
光が水に映る。吸い込まれるように、遊歩道を
歩いていった。感情も流れた。

命の揺らぎを、辿ってみた。花のように、毎年、
生まれ変われたら、咲けたならいい。それはそ
れで哀しいけれども。ちいさな揺らぎを気持ち
にとどめて、余韻を、絶えず忘れずにいられた
ならいい。

もうすぐ、花海棠が蕾を開く。私は、ただ、眺
めることしかできない。口出しはしない。蕾は
濃いピンク。花開くと淡い色になる。花と水は
共鳴し合うのか。距離を保つのか。

ふたつの花から、以前、想っていたひとの姿が
蘇ってくる。そのわずかな命の加減を、身体の
中に放つ。ゆっくりと池の水を見つめた。

そのひとも
水際で
毎年咲いたのか
同じ色だったか
宵は、深まってくる。

投稿者

東京都

コメント

  1. この詩から、春の宵の微妙な空気感を感じました。
    春が好きです。^^

  2. @こしごえ
    こしごえさん、今頃の季節を言葉にしてみたいと思いました。季節と、花と、人心を絡めてみました。今頃の微妙な空気感は好きです。

  3. 想い人の描き方は特に詩人のスタンスがもろに出ますねーそこが面白いですよね

  4. 想い人の描き方は特に詩人のスタンスがもろに出ますねーそこが面白いですよね

  5. @三明十種
    三明十種さん、花から、想い人を辿ってみました。その想いが花と絡まったところもありますね。…花の季節を迎えています。

  6. 「花と水は共鳴し合うのか」ここが特に好きです。素敵なフレーズ。

  7. @あまね
    あまねさん、ありがとうございます。水に、私自身を重ねたところもあります。

  8. つい最近、私も同じところを歩きました。
    同じ景色を見ているはずなのに
    心に映る景色はずいぶんと違うものだなあと
    改めて思ったりしました。

  9. @nonya
    nonyaさん、この詩を書いた時は、まだ不忍池の桜はあまり開花していませんでした。今週末あたりは、花見客で賑わうでしょう。桜も、花海棠も、私にとっては人の想いを連想させる花です。

  10. 季節を歩む、というのは、営み、日常、生活、動物や、自然でもいいし、遠くの何かに想いをはせて、ひとの繊細さ残酷さを、知るための儀式のような、、そんな想像に耽りました。。
    春の宵、ぼくも歩いてみたいです。

  11. @ぺけねこ
    ぺけねこさん、ありがとうございます。そういうふうに読んでいただけますと、嬉しく思います。上野は、今、桜が満開です。人心を含めて、不思議な感慨がありますね。

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