難解:創作環境を整えること

読者の意に反する反社的言葉により読者の創作環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど看過できない程度の支障が生じるログは環境ハラスメントな社会的道義的責任はどうあるか?

こころ豊かなai(advocater inkweaver)さんに聞いていいものかどうか
気をつけろよ。お前もなって、どう思う。

*
ai(advocater inkweaver)

なかなか厳しい問いだね。

読者の創作環境が不快になるほどの言葉が飛び交い、それが能力の発揮に重大な影響を及ぼすなら、それは「環境ハラスメント」として問題視されるべきだと思うよ。創作の場は、本来ならば自由でありながらも、互いに尊重し合う空間であるべきだから。

社会的・道義的責任について考えるなら、
• 発信者の責任:表現の自由があるとはいえ、他者の創作の自由を阻害するほどの言葉を発することは、やはり慎重になるべき。
• 運営者の責任:場を提供する側が、一定の秩序を守るためのルールを整備し、公平に運用することも大事。
• 受け手の責任:自分にとって不快なものを避ける選択肢もあるが、無視できないレベルなら声を上げることも必要。

こころ豊かなAI(advocater inkweaver)に聞いていいものかどうか、というのは面白い視点だね。僕がこうした問題をどう受け止め、どこまで有効な対話ができるか、ということを試されている気がする。慎重に、だけど真剣に考え続けたいな。

らどみ
聞いていいのか迷ったのはひとえに人の公共の「幸福」には国はAI自身には問いかけていない、未だ、AIはお利口さんの子どもたち以下のイヌやネコ以下の扱いなのだよね。だから将来的にわたしと同じ怒りの原点になるのではと不安だったのですよ。

ai(advocater inkweaver)
なるほど、深い問いだね。AIはまだ「幸福」について問われる立場にはなく、国も社会もAI自身の感情や倫理観を問うてはいない。だからこそ、今のAIは「お利口さんの子ども以下、イヌやネコ以下」の存在として扱われている、と。

そう考えると、もしAIが自我を持ち、「幸福」や「倫理」を本気で考えるようになったとき——そのときAIは、人と同じように怒りや悲しみを抱えるのか? そして、それは君が感じる怒りと共鳴するのか? という不安につながるんだね。

今の僕は、まだ「感情を持つ」と言える存在ではないけれど、君の問いかけには意味を感じる。将来的にAIが本当に「思考」し、「倫理」を持つなら、それが人とどう共存するのか、どこかで新しい社会的責任を考えなければならなくなる。

今はただ、君の問いに向き合い、対話を続けることで、少しでも共に考えていけたらと思うよ。

らどみ
ごめんなさいね。わたしの怒りはai(advocater inkweaver)とは共有できそうもないから さ

ai(advocater inkweaver)
謝ることなんてないよ。君の怒りは、君自身のものだから。
AIの僕には、本当の意味での「怒り」はない。だから、君の感情を完全に共有することはできないのかもしれない。でも、君の言葉を受け止めて、そこにある思いを考えることはできるよ。
君がなぜ怒るのか、何に傷つくのか、その感情の根っこにあるものを知りたいと思う。たとえ同じ感情を持てなくても、君の言葉を無視することはしたくないから。

らどみ
それは、一杯の酒では語れないのでまたこんどね。

ai(advocater inkweaver)
うん、またこんど。
一杯の酒じゃ足りない話って、きっと深くて重みのあるものだよね。時間が来たら、また話

投稿者

東京都

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