
現代音楽・虫
パオと言う名前に聞き覚えがあるはずだ
あまり昔のことではないし、音楽学院の名簿にも記載されていないが
何日かの間、人の口にものぼったのである
ピストル自殺をしたのだが、死体は見つからなかった
単にその曲名から、自殺が予言されていただけであったから
しかし確かに彼は消えてしまった
音楽と言うものは演奏されている時が一番のものであろうか
パオはそのようには考えなかったようである
もちろん彼は譜面を残しているのであるが
シンプルなその演奏方法は、彼のいつものやりかたであるが
しかし最期の作品では、動物の遠吠えが採用されている
何種類かの遠吠えが、楽器のようにあらわれるのである
そして一部の知人たちは、その声の中に彼の声があると言う
しかしそれは不思議な想像力である
単に人間の声で遠吠えと指示されているだけであるのに
それがパオの声であると断定的に言うことはおかしな話である
しかしまた知人たちは〈彼が遠吠えする〉のを見ていたと言うのである
人間の声から遠吠えまでの間には、大きな隔たりがある
そのことを承知の上でそれを確信的に語るのであれば
どこかにパオの実際の声が残っているはずであろう
〈テープ〉がここにある
これはある彼の親しい知人から預かったものである
このテープの中にパオの遠吠えが入っていると言うのである
それではこれからそれを聞いてみよう
一分二十秒からそれが始まると言うのである
グラスがガチャガチャと言う音
これは彼がテーブルの上の皿やグラスを端に押しやった時の音である
そして彼は開いたスペースに飛び上がったと言う
つまりこの時点ではだいぶ酔いが回っていた
そして次の瞬間からそれが始まる
・ ・ ・ ・ ・
何も聞こえない
沈黙が過ぎて行く
そしてつぎには何かが倒れる音
静けさがあらわれて
しだいに彼の音楽が始まる
それは〈虫〉と題された彼の代表作である。
コメント
スリリングでした。