ひかり
ベランダの手すりがひかって見える。いちめん雲が垂れ込めているのに、どこからひかりが漏れるのか。見れば手すり以外どこも薄暗い影に覆われている。
窓を開けると、雨の匂いが吹き込んできた。
不規則に草木の葉がゆれている。ひらひらひらひらひるがえるたびに明滅する影。雲は斑に暗く、足早に流れながらところどころ日が透けて見える。でも、手すりをひからせるほどじゃない。町はひっそり沈み込んだまま、家々はどこも身を伏せて、遠く 西の丘の頂きだけが切り取ったように黄色い日を浴びている。すると急に、強い日が差してきた。それは意外な角度からだった。 とたんに景色はいつもの顔をとり戻し、それでも相変わらず草木がゆれるからきっとまた裏返したようになるのだろう。
こうしたことは子どもの頃にもよくあった。
急に道端の草がひらひらひらひらひるがえると垂れ込めた雲間から点滅するように日差しが見え隠れする。気づくと辺りの何かが違っている。ふだん見なれた場所なのに そうして家に戻ると部屋の中もまた同じようだった。それほど気温が低いわけでもないのに寒々した感じが外にも内にも蔓延していて、それは電灯の明かりも薄暗く感じさせどこにも居場所がない気がした。
いまも、こんな雲ゆきになると思い出す。 あのとき見た軒下の暗がりや、物干しで震えていた蜘蛛の巣、タールの電柱、黒い電線――
また雨雲が膨らみはじめた。
草木の葉がひらひらひらひらせわしない。ベランダの手すりばかりがひかってみえる。
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