神の子供

夜は山の方からやって来て川を暗く染めていた
月が夜に昇るわけではないことをまだ私は知らなくて
傷付いたあの子の怪我が治るようにと弟切草を煎じた

墓場にはあなたの名前の墓碑が建っていて
私の名前はそこにはまだなかったんだけれど
あの子の名前しか書かれていない慰霊碑の前で

カスミソウのブーケに紫のアスターを添えて
墓場に供えると教えて貰った銘柄の煙草を飾る
あの子が死ぬことを知らなくて良かった頃の記憶

手折ることの意味をまだ私はよく分かっておらず
次の停車駅の名前を聞き取ることだけを考えていた
あの子の亡き骸を無事に家まで送り届けるためだ

時間が出来ると戯れに詩を書いて過ごしていた
引き換えにしなければ何も手に入らないと思っている
母へのささやかな懺悔だった、そして祈りだった

彼らの言う神は世界に存在してもいなかった
目に見えないものを信じるなと父は殴った
父が殴られてきたように私を何度も殴った

見えないものを信じても良いと私に許してくれる
というよりも彼らはそうするしかないのだと解る
私を特別にするのはいつだって私の周りの人々

あの子のことを考えなくなった時私は死ぬのだろう
そんな予感だけに支配されながら時間は過ぎていた
腕時計で計ろうとした記憶が何かを彼らも知らない

父でもなく母でもなく兄弟を殺してでも生き延びること
私に課された仕事はたったそれっぽっちの不幸
あの子は自分が助かったと分かった途端にやはり裏切った

悲しくはない、誰の傍に居られるとも思わない
今日が永遠に続かないことが救いになる日が来る
すえたローズヒップティーの味が舌に残って痺れる

投稿者

神奈川県

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