
伴侶 ―ルリマツリ
世間の
ちいさな膜を抜け
濡れた碧さを浮かび上がらせる
その花びら。
初夏から
夕暮れまで
せつなさから
秋彼岸まで
誰かに見せるわけでもなく
緩く咲いている
咲きなぞっている。
私は世間の裏側にいて
花が街中に溶け込んでいくのを
疑っている。
どこかに
伴侶がいるのかもしれない
碧さをじっと見つめる
誰かの視線を想像しつつ
雨に濡れた花の色を
膜の外側から
じっと疑っている。
今年も
世間のちいさな膜が
広がってくる。
昨夜の雨に余韻を感じ
どこまでも膜を辿った
花びらはまだ
抜けていない。
コメント
誰かに見せるわけでもなく
緩く咲いている
咲きなぞっている。
この詩の、この連の、それを 咲きなぞっている。 という表現が、特に好きです♪☆^^
惹きつけられる独特な表現が数多く含まれていて情感が豊かになりますね。物事との距離感がとても良い塩梅だなぁと思います。
@こしごえ
こしごえさん、花が静かに咲いているのは、いいですね。自慢するでもなく、己惚れるでもなく、ただ咲いている。咲きなぞる、という言葉は使ってみたかったのです。ありがとうございます。
@あぶくも
あぶくもさん、ルリマツリは、今頃から、彼岸過ぎまで、わりと長く咲いています。好きな花です。この花をテーマに詩を書きたいと思っていました。物事との距離感がとても良い塩梅、というお言葉は、嬉しかったです。
膜は、(私)と(世間)を隔ててる膜なのか、そしてただ単に霧雨が膜状になっているのか、(僕の見解では)前者となるわけですが、詩全体に漂うある種の諦念が(長谷川さんの詩には)潜んでいると感じてしまうのです。頓珍漢だったらごめんなさい。
@三明十種
三明十種さん、膜は、季節との境なのかな、などと思って書いたところがあります。ちょうど、初夏、…梅雨の季節。そんな季節と花に対しての懐疑心、というのでしょうか。諦念は、なるほどそうかもしれないと思いました。
忍さんは詩人というよりすでに人生の哲学者の領域に居るのだろう
浅はかな読み手の私にとってはエロスを言語化するとこうなるのか
と唸ってみたりしました。ドロドロの世界にあってひっそりと咲いて
ただ咲いていてなにも言わないけれどとても存在感のある花です
@足立らどみ
足立さん、哲学者の領域に居るのかはわかりませんが、エロスは多少意識したかもしれません。花の背景に、男女の物語を想像して書いたところはあります。花は、碧く、ひっそりと咲いています。でもその背景は耽美かもしれませんね。
世間のちいさな膜、という詩句の印象が深く、こころを留めました。
不思議な距離感に浮遊しています。