不全インソムニア
僕が見る夢は必ず現実となるので
母親が死ぬ夢を見た時はなぜかほっとして
翌朝冷たくなった亡骸に一応は手を合わせて
次は誰が死ぬのかなと期待をこめて
またベッドに潜り込んだ
それから何日かは戦争の夢だった
どこかの国とどこかの国が爆弾を落とし合って
大勢の誰かが死ぬのは爽快だった
ニュースキャスターは神妙な顔をしているが
きっとこいつも心の底では笑っているのだ
あの日の夢は特別だった
僕は傍観者であり物語に関わらないのが常だった
しかしなぜか僕の身体は勝手に動き回り
自分自身が主役であることを悟った
嫌な予感に振り返ると
ナイフを持った男に胸元を切り裂かれた
幸いキズは浅くひっかいた程度のものだったが
じんじんと痛みが広がって
思わず僕は飛び起きた
案の定、僕は通り魔風の男に実際に襲われ
どんなに警戒していても
夢は現実になるのだった
僕はとうとう眠れなくなった
自分が殺される可能性がある限り
僕の現実は夢に支配されるのだから
とはいえ不意に睡魔に襲われ
うとうとと夢の中に入り込むことが時折ある
四丁目の交差点でベビーカーが押し潰される夢
向こうの国の大統領が狙撃される夢
ロックスターがオーバードーズで亡くなる夢
それらにまぎれて僕が殺されそうになる夢が
ふと現実と共に立ち現れてしまうのだ
いつか僕は夢で殺され
そして現実において殺されるのであろう
夜は長く残酷に僕に襲いかかってくる
それまでに現実のすべてを殺してしまおう
また夢に帰るまでに
コメント
ご自身で仰有ってるとおり巧いんだけど『突き抜け感』があれですかねー僕が感じるのはおとなしいというか無意識に散文枠にはめようはめようとしてるのかなーと、羅列詩はあれでも誤魔化し効くからねー粗すぎるのは読めたもんじゃないけど整っているのも魅力がないしねー書くのを続けていけば覚醒するときもあるんじゃないかな、言うのは無責任ですけどーおそらく君も過去何度も覚醒したはずでしょう!扱うテーマは昔から一貫してますよねーお互い修羅の道進むしかないねー
この詩のタイトルを見て、香港の中環の蘭桂坊にそんな名前のバーがあったなぁと思っていたら閉業していた。不全。誰も寄せ付けないような孤高のキレッキレも良いが、少し胸襟開くような本作も読む人の間口を広げる。人は色々言うだろうが本人は何も言わなくて良いのだと思う。インソムニアで不全なのだ。
トノモトさんの技巧的に凝った作品も良いですが、こういう物語詩がとても好きです。
最終連で、冷静に自己をかえりみている話者の冷静さが際立っている。
こんなことは、ありえないのかも(かも)しれないけど、もし、本当に、見た夢が現実にでもなれば、眠れなくもなりますよね。その辺のバランスを、この詩は、うまく表していると思います。