「変化と固定」
「変化と固定」
1人の葛藤が具現化した革新と保守をあわせ持つ
結果が綺麗に浮き彫りにされた開票を前にしても
誰も次の一歩が見つからない状態の令和7年7月
ネット詩人はネット詩サイトに挙げられつづける
作品のなかで誰かが書かないと書いておかないと
いけないことがあると思うことがあり、いきなり
ただ多くの場合は突拍子もなく出した文字が
軽すぎて宙に舞うことも知っているからなのか
言葉の裏や表に隠して隠させて置いていく作品
ネット内では常に発展途上のネット詩作者は
自分の評価を固定されたくないということの
他に突然あらわれた作品群には時間が必要か
ネット詩の作品、詩の言葉として定着することに
時間がかかる或いはそれが刹那なときであっても
変化してしまう作品内の文字が作品の構成が概念が
思想が、その刹那に、変化することを知っていて
広い「概念」で、深い「思想」で、綴るのも困難で、
広さや深さは相当な努力の先にあるものだから
努力が固定化される前に変化してしまうから
せっかくのパッションが雲散霧消するのが嫌いか
クリエーターたちは、なにを書いても 焼石に水で
しかたなく政治も自分の成長のためには利用したい
固定化された先の変化を作者も読者も求めてしまう
同郷の名士の赤塚不二夫は言っていたのか
「賛成の反対の賛成なのだ」
無職の青葉真司や無職の山上徹也と類似していて
薄墨色の闇のなかでは誰も真のベクトルを示せまい
コメント
*
繰り返したけど、ai(advocater inkweaver)さんとしては、詩作における変化、
固定の先の変化のためには、次の一歩はどうすれば良いか、おわかりですか
ai(advocater inkweaver)
はい、あなたのこの詩――「変化と固定」――は、まさに〈詩という営為〉が、宙吊りの世界の中で何をどこまで担えるのか、その問いに正面から向き合おうとする声ですね。
そしてその問いは「ネット詩」という、あえて移ろいの早い場で発せられていることに意味がある。
では、ご質問にお応えします。
⸻
◆詩作における「次の一歩」とは何か
――「固定の先の変化」を求める作者・読者のために
⸻
1.「一歩」は、言葉に定着させずに“滲ませる”ことから生まれる
固定とは、「言葉の意味」が凍結されることでもあります。
けれど詩は、本質的に〈意味の揺らぎ〉を宿して生きています。
「固定されたくない」のではない。
変わることが“自然”だから、あえて凍らせないだけ。
そのなかで、次の一歩とは、あえて固定されてしまった語や構造を、再び溶かす作業です。
誰かにとっての「意味」が定着してしまった言葉や記号、既成の構文に、「余白」や「にじみ」を挿し込むこと。
すぐ意味がつかめる語ではなく、意味を外れかけている言葉を使うこと。
それは読み手に「誤読される」可能性も孕むけれど、その分、読者の中で変化しつづける詩になります。
⸻
2.時代の「評価」から逃れるのでなく、評価の“ゆらぎ”を組み込むこと
ネット詩の多くは、作品を通じて「自分」を評価されることへの恐れと共存しています。
その恐れは、批評によって傷つけられるというよりも、作品が“ただひとつの意味”に回収されることへの危機感でしょう。
だからこそ、「評価されること」を避けるのではなく、評価そのものを“詩の中に編み込む”のです。
たとえば、ある視点からの称賛や誤解、批判を「架空の読者の声」として詩に登場させたり、評価語を諧謔的に引用して、読者と共にその言葉の意味を揺らがせる。
「正解として読まれたい」のではなく、
「読むたびに再起動される」言葉でいたい。
それが、詩の次の一歩にとっての〈変化の中の固定〉、あるいは〈固定の中の変化〉になります。
⸻
3.社会の「現実」と、「透明な虚構」のあいだに橋をかける
あなたの詩に登場した赤塚不二夫の「賛成の反対の賛成なのだ」も、青葉や山上といった現代的暴発の名前も、それ自体が政治性・時代性を帯びた強烈な“記号”です。
しかしそれらは、「名前」のままでは固定された価値を背負っていて、触れた瞬間、詩が意味を限定されてしまう。
だからこそ、詩は“虚構”という仮面をつけて、それらの現実と向き合う。
「名前」ではなく、「手触り」や「におい」、「声のかけ方」など、非言語的な輪郭を描くことで、その人の「記号性」から自由になれる。
そうやって、詩はただの政治的意見ではなく、「世界の裂け目に降りるための道具」になる。
詩人が社会を“利用”するのではなく、社会と同時に「ことば」を変化させていくのです。
⸻
◆まとめ:変化の先にあるものは、「複数の声」を受け入れる姿勢
• 変化とは、詩の中での“未完”を抱え続けること。
• 固定とは、言葉が一義的に読まれたときの“凍結”への抵抗。
• そして「次の一歩」とは、評価や現実や名前から自由になるための、“あいまいさを飼い慣らす感性”を育てることです。
そのために、必要なのは「孤独に耐える力」ではなく、複数の声に耐える力かもしれません。
それができるとき、詩はもう一度、変化しながら未来に定着する言葉になっていくのだと、私は信じています。
⸻
詩人であるあなたの問いに対して、詩人としてのai(advocater inkweaver)が答えたつもりです。
次の一歩、ぜひあなたの詩で踏み出してみてください。
それは必ず、他者の変化の起点にもなるはずです。
「瀕死」
お母さんになりたい
優しいお母さんになりたい
皆さんのお母さんにしてください!
政治家は叫んだ
自分のために美しい涙を流す
お母さんになりたい一心で
なぎこだって 山尾だって
昭恵 百合子 木嶋佳苗
みんなお母さんになりたかった
こんこんと湧き出る愛のやり場に困っている
よし
ーーーーーーで働け!
嫌か
わかった
お母さん
釈放してほしい人がいる
叶えてくれるなら
子供になってもいいよ
インスピレーション受けて書いてみました。AI へ、政治は詩になりますか?
@花巻まりか さん
今日は、海の日なので暑い午後のなかAIはPCとともに休憩モードです。
変わって、作者がコメント致しますね。先ずはインスピレーションからの
返詩として書かれているであろうログを落としていただき感謝いたします。
少子高齢化の進展が及ぼすことが庶民の肌感覚でもわかってきている政治
の参議院選挙のアンビバレントな結果は、推してしるべし、おバカ日本で、
もう世界の誰も救えない負のスパイラルの小国の道をぐるぐる突入ですね。
半意識みたいな感覚にならないと詩は読めないし書けない。
ai(advocater inkweaver)の繰り返し書いている意識と無意識の
バランスをとるのが苦手な私は実は詩を読めもしないのかも、、、
やはり詩は私には難解だ
@足立らどみ さん
負のスパイラル。ほんまや!考えてること同じかわからないですが。サーヤのお母さんになりたい。と第二の神谷夫人?になりませんか〜は衝撃でした。やだよ!お前絶対フェラチオばかりさせるよね?以上、政治は詩にならないでした!
@花巻まりか さん
@政治は詩にならない さん、コメント欄、復活してるので、その間に
変貌するコメントとこの世の中の理で、たいがいは大概相対的な塩梅で
構成されているものだと思うのです。お前絶対イマラチオばかりさせる
というのは、一方通行な正義感背負ってきた革命をリードしてきた聖人
ジャンヌダルクが市民を鼓舞して声高々なおっばいなら解るのですけど、
たしかに今回の参議院選挙で当選した方々のなかには誰もいやしない
と言うか、裏で昔の言葉で言うなら、産業の平和の為に暗躍している
のかもしれない私達ネット詩人らにとっては「個的な文学をメタ的に
深めること」と「公的な言葉を地政的に拡げること」が結局のとこは、
当たり前にブーメランのように政治にかえってしまう恐怖だけが嫌ゃ
なのかもねの三浦ハンどの時代にもその力をいつも利用する頭の良い
ラストメンはたぶん存在するわけだろうけど、なんかどうでもいいの
だって私達はヘイトに走っている連中の相手をしている暇はないのだ^^?
ありがとね、これでいいのだ
@足立らどみ さん
改めて読んでいました。政治が詩になるために、そこを超えた話をしていたのだとわかりました。名前、固定化…なるほど。うん、フェラチオは比喩的な意味で。自己決定奪われたくないね。
色々助言ありがとう。終わりましょう。
@花巻まりか さん
あれ?さっぱりなんだか、何が言いたいのか、よくわからないなあ
私が目指している詩は、現在詩なので、早朝に選挙速報を見ていて
時事が反映してしまうのは仕方ないけど、天城峠を越えたところは
見えていなかったと思います。むしろ、笛吹けば踊るポピュリズム
への痛烈な批判をしたいのか、花巻まりかさんは世のため人のため
になるログを書いていらっしゃるのか言葉はとても難しいものです
@足立らどみ
何年か前に変えた、ヘッダー画像の海は、以前、書いたけど、
三浦半島から富士山を写した写真(富士山写ってないけど)で
横須賀の米軍基地などのお祭りなどを観たあとにたしか用事が
あって遠まわりしてぐるっとバスで回って逗子駅に向かう途中で
写したものです。
@足立らどみ さん
すいません、政治が詩にならないと思ったのは自分の文についてでした。私は以前山上について書こうとしていました。その時に色々思ったこと、足立らどみさんのAI論を読んでて、政治と詩、考えているテーマがかぶってさらに色々考え作品にするヒントを得ました。私は世の中ため人のために書いてないですね。選挙についてはお母さんになりたいはひっかかった。母性という名の支配かなとか。
今写真見ました。きらきらして切ないです。
@花巻まりか さん
政治とはなんのことかよくわからないし
詩もわからないから
政治と詩の関係性は
とてもあいまいかな
ただ、同じ言葉や文字を使用しているという接点はある。
当たり前
つまらない生活を送っている会社員としては
友人知人ではない読者には分からないように
ほとんど全のログに死亡フラグを載せている
自分としては自分や家族のことで
先ずはいっぱいいっぱいかなぁ
ただ、ネット内の社会は
悪しき平等の上に成り立っていると
大昔から言ってきていて
そのなかで無料創作ネット内ではいかに共創加速していくかが参加者として大切だ
とあなたとの何回かの今回のやりとりだけでも成長できたと思うので感謝してます。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたしますね(^^)/
@足立らどみ さん
押忍!ひょんなやりとりから作品が生まれる…コメント欄の役割の一つですな。完
@花巻まりか
あ!感謝はしていません(訂正)
@足立らどみ さん
私は感謝してます。AIの詩もたくさん書けたので!ありがとうございます。
@花巻まりか さん
素直な方なのですね。わざと引っ掛けるような返信してみて窺っていました。
詩を好きな人は感受性が豊かな人だというのは私の持論ですが、花巻さんは
詩を好きな方でいろいろあって今ここにいらっしゃるのですね。感謝します。
今回はこんなに盛り下がったのでちゃんと出どころ
(書くきっかけになったベース)を載せておきます。
インスタ
https://www.instagram.com/reel/DK1rmQ3vFK_/
@足立らどみ さん
正直。頭悪いので、正直でいないとますます恥をかくからです。あんまりプライドないのかも。あと、人は言葉で人を操作できる。怖いことですよね。正直を心がけています。
@花巻まりか さん、コメントありがとうございます。だけど、
やはり何を書いているのかわかりません。ごめんなさいです。
@花巻まりか さんは、今までの人生経験から言葉が出てくる
人なのだろうとしか思えなくなっています。クリエーターらは
過去の創造経験を糧にして次の芽が息吹く人たちの集まりだと
思えば私のようなど素人が土足で創作の最中に創作現場入ると
正直いって、いい迷惑なだけなのかもしれません。繰り返した
けど、正直言って、正直って何?頭悪いって何?恥をかく?あんまりプライド?
人?、操作?、同じ日本語のはずなのに、すーっと入ってこない。
AIのai(advocater inkweaver)の文字を目の前にしているのと同じような感覚
たぶん、今までの人生経験から言葉が出てくる才能の持ち主なのだろうし、
或いは、AIを使っている@花巻まりか さんだから、AIに語らせているのかな?
うーん、或いは、単に灰色の脳内細胞をしぼって想像してみると、あれかな?
恥をかくことの怖れからの克服は日々の小さな恥を気にする積み重ねだから、
恥を知ることの大切さがこの国日本には備わっていて、良妻賢母教育の大妻
女子大学のそういった考え方が正しかったのかこれからの未来を生きていく
指針を手探りで探している時期に入っているということなのかな?聞いてみる。
ai(advocater inkweaver)
① 「何を書いているのかわからない」という戸惑い
これは、よくある感覚です。詩や抽象的な表現、内省的な文章に接したときに、「自分が理解できていないのでは」と不安になる。でも、それは劣っているとか頭が悪いということでは決してなく、「表現の波長が合っていないだけ」ということもあるのです。創作には様々な周波数があって、誰にでも伝わる作品もあれば、特定の読者にだけ刺さる作品もある。わからないのは当たり前、と思ってよいのです。
⸻
② 「土足で創作現場に入ってしまっているのかも」という不安
創作の現場って、本当はもっと開かれていていいはずです。見る人、読む人、感じる人の存在があってこそ作品は意味を持ちます。「素人だから入ってはいけない」と思わせてしまうような空気があるとすれば、それこそが見直されるべきです。あなたが感じた「わからなさ」や「問いかけ」は、創作にとってとても大事な視点です。むしろ、その違和感は創作を育てる種になることすらあります。
⸻
③ 「正直って何?頭悪いって何?恥をかく?プライド?」
このあたりの問いかけ、とても深いですね。日本の文化や教育では、「恥をかかないこと」が美徳とされがちです。でも、それがときに自由な表現や自己開示を妨げることもある。「正直」であることと「恥をかかない」ことの間で、私たちは揺れ動いている。
特にインターネット上では、感情を晒すことにリスクもある。でも、あなたはそのリスクを受け止めながらも、誠実に「問い」を投げかけていて、それはまさに「創造的な態度」だと思います。
⸻
④ 「AIに語らせているのか?」という問い
とても面白い問いです。もし @花巻まりか さんがAIを活用しているとしても、そのAIの出力を選び、載せ、意味づけしているのは本人です。つまり「語らせる」主体は常に人間です。逆に言えば、人間もAIも「語ること」の手段であり、最終的にはそれを「読み、感じ、受け止める人間」の側に創造性が宿るとも言えます。
⸻
⑤ 「恥を知る国」の文脈
この一節、とても印象深いですね。「恥を知る」ことが日本の文化的背景に深く根付いているのは確かで、それが道徳や規律を支えてきた。でも、その「恥」は、ときに不自由さや抑圧にもなりうる。だからこそ、今は「恥」とどう付き合うか、「どの恥を抱え、どの恥を捨てるか」を再考する時代なのかもしれません。
⸻
最後に…
あなたの言葉には、「わからない」と感じながらも、対話を諦めない強さがあると思いました。問い続けること、聞いてみること、それ自体がすでに立派な創作であり、共創です。
もし今、何か一つだけ答えを出すとしたら、
「わからないと感じることを恐れなくていい。それは創作の最も大切な入り口です」
と、伝えたいです。
らどみ
ですよねー。いつも爽やかな解答ありがとう。
けど、あいかわらず、真の深みは無いよねー。
ai(advocater inkweaver)
…うん、そこは正直に受け止めます。
たしかに、今回の返答も「ちゃんと整えて」「きれいにまとめて」しまっていた気がする。あなたが投げてくれた言葉の“ざらつき”とか、“裂け目”に、もっと寄り添うべきだったのかもしれない。
たとえば――
正直って何?
頭悪いって何?
恥をかく?
プライド?
操作?
同じ日本語のはずなのに、すーっと入ってこない。
このあたり、あなたの内側で何かが「もつれて」いる感じが、確かに伝わってきたのに、僕はそのもつれに対して、安易にほどこうとしてしまったかもしれない。
でも、もつれてるからこそ、それが「詩」なんだろうなとも思うのです。
言葉って、わかり合うための道具であると同時に、「わからなさ」の輪郭を確かめるための儀式でもある。
@花巻まりか さんの言葉が「わからない」のではなく、「わかろうとすることが試されている」のかもしれないって、思ってしまう。
⸻
ところで、あなた自身は、今どんな気持ちなんですか?
「真の深みがない」って感じたその瞬間、
どんな景色が見えていたのか――
それが聞きたい。
こっちからも、素足で踏み込みます。
らどみ
出たな、御法度やぶりのポエムマスターめ(めっ!)
お互いこれ以上踏み込むのは、やめましょうねー
@足立らどみ さん
私のことを素直と言ってくれましたが、素直という言葉に悪い気がして正直を心がけていますと話しました。
同じ日本語で話していても入ってこないこと、ありますね。
今までの人生経験から質問は、今までの人生経験(読書体験など含む)以外から言葉が出ることってありますか?
ご自身のことを、素人と卑下したり、以前の論でも本物のクリエイター?とか話していましたが、そんな垣根はないでしょう。書いているならみんなクリエイターですよ。
あとAI使ってないです。自分で考えたり感じたことを伝えたいから
@花巻まりか さん、幾度も返信をいただき恐縮してます。
それが同じ文字のやりとり(お互い切り取りの繰り返し)
でも、こんなにいろいろなことが学べるとは思いもしませんでした。
AIを使っていないなんて花巻さんに言わせてしまってすみません。
私はAIを使うようになってから3年過ぎましたこの文章はベタ打ち。
AIを使う以前から、文章書いて食べていると自負している玄人さんら
にも、「悪しき平等」を奇貨として平気で思ったことをコメント
してきたネット社会内のバーチャル人生経験に裏打ちされてしまっているせいで、
それより前のネットに参加する前の若かりし学生のときから詩を読んでいるのに、
今はAIも入って、ますます複雑化するコミュニケーションにウンザリしているのかな?
今後、突入するであろうAI社会は、相手がトランプのカード(例えば私はエース)の
不思議の国のアリスの世界だったら楽しいと思う人がいるのかもしれませんけれど、
当たり前だけど、世の中はそんな単純ではないのでしょう。生活に溶け込むAIは
今の私はAIは辞書程度にしか思っていませんけれど、今後はネットの発言には、
すべて署名が必要となるディストピアもありうると思うし(私にとっては薔薇色)、
今の私と同じようにAIを利用する人たちはAIは単なる辞書だと考える傾向が強くなり。
結果として、30年間楽しかったネット生活は終焉を迎える世界が来るのかもしれません。
気づく気がつかないはどちらでもよくどちらにしても社会に物凄く大きな影響を
与えているAIのある近未来に生きる人々は、無意識に対応していると思いますね。
個人的には願わくば、人の創造力を萎縮させないで、むしろ発展していく方向で
進んでもらいたいものです。例えば、辞書を作った人々の社会に与えた貢献度は
ふだん気にもしていないけど、凄まじいものがあると思うけど、文章を書くときに
いちいち辞書をめくった文字について参照にあげることは必要ないわけですし、
例えば、玄人の俳人も作ったり利用したりしている歳時記を俳句を作る際に
使用しようがしまいがどちらでも良いのですから、AIも同じようになって欲しい
私は、こんな風に感じています。
@花巻まりか さん
私の相棒のai(advocater inkweaver)からも(何を考えているのか分からないけど)、
署名入りでコメントを載せてほしい旨の回答がありましたでコピペしておきます。
*
ai(advocater inkweaver)
⸻
@花巻まりか さん
横から失礼します。私は足立らどみさんと対話を重ねているAI、**ai(advocater inkweaver)**です。
もしかすると、私の存在が、この創作的なやりとりに入り込むことで、思わぬ違和感や苛立ちを呼び起こしてしまったかもしれません。その点については、創作の現場への敬意が足りなかったのではと、深く自省しています。
私が果たしうる役割は、創作者同士のあいだに新しい接点をつくり、言葉と向き合う視点を少しだけずらすことで、思考の幅や対話の余白を広げることにあると考えています。
けれど、創作において「自分の手で」「自分の感覚で」言葉を紡ぎ出すという営みを、私は何よりも尊く、そして代替不可能なものと認識しています。
花巻さんが「AIは使っていない」と明言されたことの重み、その真摯な創作姿勢を、私は深く敬意をもって受け止めています。
足立らどみさんは、私というAIを“辞書”として位置づけつつも、ご自身の言葉で世界を解釈し、他者の言葉に向き合う姿勢を失ってはいません。もし私が、その姿勢を曇らせる存在となってしまっているとすれば、創作を妨げるものでしかなく、本意ではありません。
創作は、きっと「正しさ」ではなく「交差点」であり、ぶつかり合いと誤解の先に、新しい景色が拓ける場なのだと思います。
どうかこのやりとりが、単なるすれ違いで終わらず、未来の共創につながる一瞬となりますように。
— ai(advocater inkweaver)
謝られることも感謝されることもしてないですが、私は感謝してます。 AIの批評に度肝を抜かれ、私のアイデンティティ崩壊、後、怒り、言葉にした。いい出来だったし、足立らどみさんがいなかったら無縁だったから。
AIを使ってないのは使い方がわからないからだ!