炎上する夏

真夏の公園で
炎上する人を見た

サラリーマン風の男の人だった
スーツを着ていたからそう思っただけで
実際のところはわからない
ポリタンクを頭の上まで持ち上げて
何かの液体を身体中に浴びせかけると
ツンとくるにおいがした
男の人はジッポライターを震える手で持ち
火をつけると一気に燃え上がった
今まで聞いたことのないような絶叫を上げながら
そこら中をごろごろと転げ回っていたが
そのうち静かになって
男の人は動かなくなった
炎だけが勢いよく燃え盛っていて
黒い煙があたりを覆い尽くした
人間が焼けるときは独特な臭気があって
鼻の奥にこびりついて不快だった
消防車のサイレンが近付いてくる
誰かが通報したのだろう
男の人が炭になりやがて灰になるまで
見届けたい気持ちもあったが
騒ぎを聞きつけた人々がわらわらと集まって
群衆の合間から覗くこともできなくなってしまった

首吊りや飛び降りではなく
あえてもっとも苦しい焼死を選ぶには
何か特別な理由があるはずだが
翌日の新聞に小さく記事が出たくらいで
男の人の背景までは描かれていなかった
どこか腑に落ちない気持ちで
再び昨日の公園までやってきた
現場で焦げた土の跡を発見したが
騒動を知らない子供たちが踏みつけていき
跳ねたボールを汚すだけだった

今年の夏は例年に比べて飛び抜けて暑いそうだ
じりじりと肌が焼けるほどの日差しの下で
あの男の人と同じように炎上する自分を想像してみたら
案外悪くない気もするのだった

投稿者

大阪府

コメント

  1. 男の焼け落ちていく光景が淡々と書かれていて、そこに怖さを感じました。今日も暑いです。…もしかしたらこの詩のような光景に出会ってしまうかもしれない。

  2. 殉教なのか、抗議なのか、絶望の果てになのか、はっきりしてるのは土の焼け焦げた部分だけだね。

  3. 暑さで自制していた何かが爆発してしまいそうな不穏さを感じますね。

  4. 長谷川さんと少しかぶるけど。
    この詩で、衝撃的な光景をなめらかな筆致で淡々と描かれているところに、トノモトさんの筆力の確かさ・高さを感じました。すごいです。
    でも、世界中を探せば、ありそうな(!?)話ですね。

  5. 熱い時こそ熱いものを食べるというアナロジーかな。ちょっと違うか。それにしても熱い話ですが、怖くてぞくっと寒い話ですね。感情を廃した淡々とした語り口の中で、案外悪くない気がするという終わり方が不気味。それにしても淡々とした語り口が味わい深い。

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