冬鼠

 黒ずんだ
 のこぎり屋根の原野を
 仲間からはぐれたネズミが
 逃げ走る

 ところどころ噴き上がる蒸気を
 蹴散らす西風
 ちぎれ雲がコーラルに染まって
 解体されないままの太い煙突が一本
 突き立っている
 小さな躯をこわばらせる一匹は
 獣の血をたぎらせて
 どこへ逃げゆくのか

 黒ずんだ
 のこぎり屋根を横目に
 夕まぐれ、泥土を踏みしめて
 帰って行く者たち
 靴裏を払い落とせば
 すでに溶けた雪の匂いに
 溜め息や憂うつも混じっているだろう

 如月の寒風に
 透いた紗幕をひるがえし
 姿を消したネズミは
 眠ったビルの隙間で暁を待ちながら
 春をおもう

 再び壁の穴へ潜り込み
 走り始めた 
 その眼に、ノシランの群青の実のような
 美しい光沢が宿っているかもしれない
 

 
 

投稿者

滋賀県

コメント

  1. 春をおもうのは、人間(私)だけでは、無いのですね。うん。^^

  2. @こしごえ

     お読みいただきましてコメントもくださり、どうもありがとうございます!
     この作品は、日本詩人クラブの「新しい詩の声」に応募して埋没した原稿を
     改訂し改題しました。
     日本web詩人会に入会なさっておられますyellow様が、「春の身体」という
     作品で見事、賞に輝かれました。嬉しかったです。^^
     彼女の作品は、詩の言葉が分かりやすく洗練されていて、独自性にこだわった
     癖もなく。その能力には、私などと格段の差を感じました。
     シュン……と落ち込みつつも、そんな自分に素直になって。少しでも現在より
     新しい詩と、私も出会えたらいいなぁと思っています。

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