通り雨
激しく降った雨で
駐車場の水溜りをよけながら歩く
スカートの裾が纏わりつく
建屋の脇にある竹林の小径
聳り立つ竹の
薄赤く枯れた葉葉は
陽を吸いこんで
はらはら 散りおちる
雨滴はずませて
揺れはじめる黄色を帯びた一群に
夏鶯の、一ふしが
したかげからはいのぼり
もう遠のいてしまった
胸の緑陰
足に絡む蔓草の小さな棘に
指先が触れたかもしれない痛み
その残響を
錯覚だと思いたかった
けれども薮のしずかさに手招きされる
佇んでいたわたしの影法師は
夕空へ、溶けて
コメント
リリーさん
こんばんは。
勿論全てに触れられないけれど
流麗な侘び寂びと、手放された自身、時間のよう。
読めて良かったです。
また、拝読しに参ります。
@wc.
さん
wc.さん、こんにちは。お読みいただいてコメントもくださり嬉しいです。
どうもありがとうございます!^^
この作品では、知り合いの詩人さんから四連目の
足に絡む蔓草の小さな棘
という表現で、蔓草に棘は無いから誤った言葉の使い方だと指摘されました。
私は、原稿を訂正しませんでした。
「棘のある蔓草」とは、いったい何なのか?そういう植物の表現も詩には、
あってもよいと思えたからです。だから詩のことばは面白いのではないかと
……感じます。
@リリー
さんへ
棘のある蔓草
そのものが詩なんじゃないかなあって
リリーさんとは違い
何も考えず
「数万年の誤差」とか使っちゃって
いや、星と星の遠さはスケールが違いますよってご指摘いただいたことがあります。
あのご指摘ありがたかったですし
だよねって思いましたけど、変えはしませんでした。
数万、て字面がどうにもあってるきがして
失礼しました。
@wc.
さん お返事くださってありがとうございます!
お言葉、とても嬉しかったです。^^
たしかに勉強になる有り難いご指摘もありますよね。分かります。
その、wc.さんがおっしゃる「あってるきがして」という感覚、
そのつかみ方が、また作品の持ち味にもなり得ると思えます。