【連載詩】1. 気狂いピエロ

子供の頃、母に連れられていったサーカスで
初めて本物のライオンを間近で見た
飼い慣らされて野性味のないその獣は
調教師の指示通りに火の輪をくぐり
猫撫で声で観客に愛想を振り撒いていた
僕はなんだか騙された気がしたんだ

その後の空中ブランコや綱渡りの芸は確かに凄かったのだが
そんなことよりライオンに対する怒りみたいなものが収まらなくて
多分つまらなそうな顔をしていたんだと思う
母はちらちらと僕の表情を確認しながら
気分が悪いならもう帰ろうか?
と、何度も声を掛けてくれたが
最後に現れたピエロの異様な姿が
僕の言葉にならない複雑な気持ちを別の何かに変えてくれた

ピエロは大玉に器用に乗るくせに
わざとバランスを崩して頭から落ちたり
何もないところで転んでズボンが破けたり
観客を笑わせるためだけに一生懸命おどけていた
白くペイントした顔に星や涙のマークを描き
身体の動きだけで感情を表すけれど
実際は笑っても泣いてもいないのがわかった
子供の僕にとってそれは嘘の塊だった
だがだからこそ真っ当にも思えた
牙を抜かれたライオンが人間に隷属するような
そういう作られたタイプの嘘ではなく
嘘そのものの正体としてピエロは存在した

母は若い男の人と不倫をしているが
父には嘘をついている
父はそのことに気づいているが
母には嘘をついている
僕はすべてを知っているのにも関わらず
両親に嘘をついている
それらはつまりピエロそのものなのだ
それらはつまり人生ということなのだ

投稿者

大阪府

コメント

  1. どこに落とし込むのかなと読み進めると最終連で、上手いなー

  2. 深いなー。そして嘘は詩になり蜜になる。それがわかっているとピストルで頭を撃ち抜くようなことしなくて済む気がする。

  3. 人生には、それに必要な嘘がある、ということなのかもしれませんね。

  4. 峰不二子の名台詞「裏切りは女のアクセサリーみたいなものなのよ」と
    母親が呟いていたのならそれはそれでカッコいい感じもするのだけど、
    少年の僕がグレてしまわないわけはピエロを演じていると理解している
    からなのだろうか?。少年の心は複雑で残酷なくせに純粋だから大変

  5. 嘘の中にも本当はあるし本当の中にも嘘はあると三人はわかっているね。

  6. 最終連にギュギュッと集められた情報の密度が好き。
    続き、楽しみにしてます!

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