今日も 空は空だ
いつまでも
続くとは
思わないほうが良い
今。
過去があったから今がある
今
過去の自分に感謝をする
私
そして
今があれば
きっと未来もあるだろう
と
思う
けれども
ずっと先の未来に私は居ない
それでいいんだ
と
悲しみが
悲しんでくれた
と
ほほ笑みを零す
私
の
居ない
未来
今日も
空は空だ
私が居なくてもさ。
まだ今のところ私には
今がある
私の
時間が続く限り
今を思う私
いつまでも
続くとは
思わないほうが良い
今。
過去があったから今がある
今
過去の自分に感謝をする
私
そして
今があれば
きっと未来もあるだろう
と
思う
けれども
ずっと先の未来に私は居ない
それでいいんだ
と
悲しみが
悲しんでくれた
と
ほほ笑みを零す
私
の
居ない
未来
今日も
空は空だ
私が居なくてもさ。
まだ今のところ私には
今がある
私の
時間が続く限り
今を思う私
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コメント
当たり前のことなんだけど、その当たり前に気付くことは難しい。空を「空」と認識して言葉にすることは、言葉の真理に到達しなければならないからだ。あるいは過去や未来、自分自身といったものを規定するのも同様で、そのシンプルだけど複雑なことを、こしごえさんは息を吸うようにおこなっているからすごいんだよなー。
@トノモトショウ さん ありがとうございます♪
当たり前のことをうちの家族に私が言うと、「そんなの当たり前でしょ?!」とか言われます。
でも、トノモトさんが、この詩を汲んでくれて、言ってくれている通り、言われて(あらためて?)気付くこともあると思うんです。
その中には、当たり前のことが、当たり前では無くて、その当たり前だと思っていたことが、貴重な物事だということも、場合によっては あると思う。
トノモトさんなら、分かるから、これは、トノモトさんに言うんじゃなくて、うちの家族に言いたいのだけど、言うと カッカカッカ反論されちゃうから、当人には言えません。たとえば、水道水のありがたみとかですね。ふふ。うん。
トノモトさんが、そういうことも含めて、この詩を汲んでくれたことが、身にしみて、ありがたく貴重に思います。
トノモトさん、ありがとうさま♪☆^^