HYPERBALLAD
EXなんたらアプリでE席をとった。久しぶりに新幹線に乗ったのだが、E席にした理由は喫煙ルームが閉鎖されD席に座る意味はなくなってしまったからである。新大阪発、東京行きは缶ビールのプルタブを開けた途端にWe will soon make a brief stop at Kyoto.柔らかだがしかしどこか不穏なこの女性のアナウンスを聞くたびに、たまたま同じ新幹線に乗り合わせただけの赤の他人同士であるおれとその他の人々が「私たち」であることを思い知らされる。京都から乗り込んできてD席に座ったのはシルバーのキャリーケースをひっぱりながら片手にスタバのカップを持った若いころのビョークに似た女の子だった。ビョークに似ている、というその一点だけでおれはもう彼女のすべてを肯定しようと思った。おそらくおれのその判断はあらゆる世界線においてまったくもって正しいはずだ。名古屋で停車する頃には飲みかけのアメリカーノの氷はすっかり溶けてしまい、小さな寝息をたてている彼女の左手からスマホが滑り落ちそうでおれは気が気じゃなかったのだが、静岡を過ぎたあたりで突然目覚めた彼女はあわててスマホでGoogle Mapを開くと妙に落ち着かない様子になった。Shall we change seats?ぎこちなく問いかけると、彼女は映画のワンシーンみたいに見事な笑みを浮かべた。窓越しに見えるバカみたいな青空の下の富士山を子どもみたいに夢中で撮影し続ける彼女のスマホの小さなシャッター音を聴きながら、いま突然あの富士山が噴火して大爆発したらどんな音がするのかを想像した。いまこの新幹線が突然脱線しておれの身体が前の座席や天井や床に叩きつけられたらどんな音がするのかを想像した。その瞬間、おれは何を見るのだろうか。その瞬間、「私たち」は何を見るのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていたら彼女が振り返って言った。I’ve never seen such a beautiful sight in my life.
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