
霊岸橋
宵の空気には、少し、湿り気があった。日は
暮れてしまったが、まだ淡い青が上空を漂って
いる。汗をぬぐった。隅田川へ続く表通りは車
で込み合っている。裏道に入ってみた。とたん
に寂しくなった。オフィスビルの狭間に生ごみ
が散乱していた。暗さに誘われるよう、裏道を
歩いていく。
ちいさな川に行き当たった。先ほど表通りか
ら見た川だ。川面にさざ波が立っている。再び
表通りまで出て、橋を渡る。霊岸橋という。橋
から川を眺めた。また汗をぬぐう。
橋の由来は判らない。霊の岸。スマートフォ
ンで検索してみようとして、躊躇った。コンク
リートの護岸だが、岸辺には雑草が生え、わず
かに自然の川ようにも見える。右手にビアホー
ルの少し眩しい光が川面に映っている。橋には
人の姿もなく、湿った空気が時間の流れを緩く
覆っていた。
そのまま東京メトロ茅場町駅まで歩いた。次
第に、日々が遡っていく。ぼやけていく。四十
年くらい前まで。
コメント
この詩を拝読して、臨場感のある空気感を感じました。
霊岸橋、という橋。この名前から、なにか、あるような無いような磁場を感じます。写真がそれを物語っているような気がします。
写真もすてきです。^^
僕には、ふつうに長谷川さん散歩をたのしんでるぐらいだけにしか
思わなかったのだけど、だけど、詩人の長谷川さんの内なる目から
一緒に散歩している感覚が伝わってきて、ボードレールになれない
淡い色の空への悲しみ、永井荷風と同じ道を歩いているかもしれない
探索芯、あれやこれやをあまり考えずに、或る意味、散歩のススメ
みたいな感覚で、たぶん、長谷川さんの最期の最期の安全基地は、
たくさんの先達の皆様の生き方そのものなのかもなぁ、、、、、
よし、僕も散歩からはじめよう、なんて、少し一瞬、思いました。
@足立らどみ
心に草が生えていた
まだまだです
いにしへから橋はあの世とこの世を
つなぐものという話もありますし
さまざまな想像が広がる名前ですね。
長谷川さんの淡々とした語り口と最終連に
心地好い「寒さ」を感じました。
@こしごえ
こしごえさん、ありがとうございます。日本橋川の支流である亀島川という川に架かっている橋です。界隈は日本橋から続くオフィス街で、この日は土曜日でしたので、街中は少し閑散としていました。
@足立らどみ
足立さん、このあたりは、永井荷風も散策しています。隅田川の、ここより少し上流の清洲橋のたもとに、彼のかかり付けの病院があって、当時、定期健診の後、八丁堀や、深川、砂町のあたりをよく歩いていたようですね。荷風の散策を辿っているところもあります。…ようやく涼しくなってきましたので、これから散策日和であります。
@nonya
nonyaさん、最終連目は、少し、変化をつけてみました。それが上手くいったかどうかはわかりませんが…。後に、橋の由来を検索してみたら、私の想像とは違っていました。(笑)
短めのタイトなセンテンスで繋がれていく散歩者の視点や心象が素敵です。最終連のスパイスの効いた展開にもグッと来ました。
@あぶくも
あぶくもさん、ありがとうございます。時々、散文調で散歩詩を書きます。歩く時は、私の場合、散文調がしっくりくるようです。…行分け詩でも書きますが。