助走
廊下を渡る足音には
特段目的地がないから
店長は突き当りのエレベーターを
使い捨てに決めた
わたしの相談事にも
丁寧に対応していただき
お昼に買った二個入りの一つを食べずに
後用に残しておくことにした
屋外で割れた砂時計の砂粒は
風がすべてさらっていったらしいよ
そうらしいよ
店長さんはいつも誰かに話すように
わたしに話しかけるので
可哀想な人が誰なのかわからなくなり
やがて可哀想な人は
どこかにいなくなっていく
子供の頃からわたしには
速度が足りないことがある
そういう時は助走をする
両腕を思いっきり振るといいよ、と
真由美さんが収穫祭の日に教えてくれた
自分もそうだから
真由美さんは俯きながら付け加えた
店長さんが隅っこの方から
少しずつお店の拡張をしている
わたしはお手伝いをするために助走する
両腕を思いっきり振りながら
真由美さんの孤独を思う
店長さんが空を指差している
冷たい金属に触れて冷えた指先
その青さの突端に小さなものがあった
あれが春だよ
店長さんが言う
天日干しされた靴の爪先から
ゆっくりと解けていく春
その匂いを嗅ぐと毎年のこと
もう春なのだ
コメント
この詩は、いいなあ♪
今から、ここ雪国の厳しい冬を思い出し、憂うつな日々を過ごしています。苦しみを繰り返し繰り返し、解き放ち、と 今日アップした詩。
今から、春が待ち遠しい。
この詩には、春という希望がありますね。その春が おもしろく描写されています。
@こしごえ
こしごえさん、コメントありがとうございます。
雪国の冬は厳しいですね。父の実家が福島の雪深いところにあり、冬に遊びに行ったことがありますが、朝、二階の部屋の窓を開けたら窓のすぐ下まで雪でした。
春を待つ詩はまだ早いかな、とも思いましたが、雪の備えをしている人にとっては、もう次の春を待ち望んでいるのでしょうね。
ちぐはぐな印象。店長と真由美さんは夫婦でわたしは店長と関係を持っている。三人とも大分欠落していて別々の方向をそれぞれ見ている。都心ではないですね。薄寒くて寂しい町。おにぎり予備に残しておかなくちゃ。店長がわたしを突き当たりのエレベーターに呼ぶから。可哀想なのは誰だろう。わたし、店長、真由美さん。それぞれ窓数センチ開けて陰鬱な春。そんな想像をしました。
@花巻まりか
花巻まりかさん、コメントありがとうございます。
そうですね、みんなどこか欠落していて、文章の歯車が少しずつずれていて、、、
わたしと店長さんは店長と店員さんで、わたしと真由美さんは何らかの知り合いなんだろうけれど、店長さんと真由美さんは直接的な関係性はよくわからん、みたいな。
それぞれ窓数センチ開けて陰鬱な春。
っていう花巻はるかさんの言葉、素敵だな。窓数センチか、、、何かいいな。