濡れたカラス (第三詩集)
初めての試みです。詩集の形式で載せてみました。
こちらに相応しくない形式であれば、そう仰っていただければ削除します。
よしなに。
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秋
秋は夢を見ない
澄んだ瞳で
人を見る
秋の夜
憂いも深く
人は悲しい夢を見る
秋の暮れ
神の園より
散り初めた薔薇一輪
巨大なる薔薇
そこはかとなく
人の世の海の底居を
漂うばかり
星は…
星は泣かない
黙ってふるえているだけ
月は泣かない
黙ってみつめているだけ
人は泣く
月よりも青く
星よりも小さく
啜り泣く
梅雨
うれしかったから
幸治は口笛を吹いていた
ノドが渇いてもいないのに
自販機でジュースを買ってグイと飲んだ
うれしかったから
幸子は足取りも軽かった
買う気もないけどウィンドウ・ショッピング
ウェディング・ドレスを眺めてた
そこを雨が
雨が降り始めた
容赦なく雨が降り始めた
薄暗い新宿駅の地下道で
身寄りない老人はむくりと起き上がり
やがて来る梅雨の季節に憂いを感じた
深夜
黒洞々たる深夜の腕に
ひとひらの木の葉の降りる
なにかを語るというのでなく
さりとて黙るわけにもいかず
言葉
突如 私は霊感に満たされた
くちばしの如き私の十の爪は剥がれ
垣間見る暗黒の大宇宙から
光成す群星は大河と流れ出し
そうして私はここに神々の言葉を記す
低き者として また権威ある者として
夜のレール
あの娘の冷たい指先の爪
夜の東京
剝がれかけた赤いマニキュア
誰よりも…
誰よりも 冷たくて美しいあなたも
ベッドでは 誰よりも醜く優しかった
冷蔵庫
あけたらガラン洞
一本のビールだけ
あの娘と二人で飲むはずだった
一本のビールだけ
便秘
腰掛けながら
あなたのことを考えた
ほのかに
虫の音が聞えた
秋の夜長
あなたのことを考えた
詩人の涙
波に戯れるあなたのとなりに
僕の知らない男がひとり
笑ってる
時々あなたは男をみやって
笑ってる
岩場の陰からふたりを見つめ
詩人がひとり
泣いている
恋に破れて
歌を忘れたカモメが一羽
岩場の隅で
腐った魚を食べていた
恋に破れた詩人がひとり
砂浜で
冷たい砂をいじってた
微笑んでいると…
微笑んでいると楽しそうだったけれど
微笑んでいないと寂しそうだった
旅
歩き疲れてたどり着いた町
見知らぬ顔の行きかう夕暮れ
あいさつもなく 背中を丸めて
冷たい秋風に押されて 僕はまた歩き始める
あなたを忘れるために度に出たので
たどり着く町ごとにあなたを思い出す
夕べになればあなたの声を聞くような気がして
夜になれば天の川はあなたの姿のように眩い
ふとあなたのふるさとを訪れる
いたるところにあなたがいるような気がして後ろめたい
僕は変装して歩く 僕はスパイのように動き回る
まるで浮浪者のように町の人から疎まれ怪しまれる
あなたのふるさとの小さなホテルに泊まった
窓を開けると冷たい風が流れ込んで来た
夜空を見上げてふと切ない歌を口ずさむと
天の川は静かに輝いた
梅
梅の花咲く道を歩く
花の香り ほのかに匂う
白い雲 青い空
ひとり ふたり
梅の花咲く道を歩く
海
久しぶりに休暇を取って海へきた
海はやっぱり青かった
あなたの家へ電話した
留守番電話の声だった
砂浜に
体育座りで座り込み
いついつまでも眺めていた
真っ赤な夕焼けと そうして海と
海辺の町
海辺の町は静まり返っていた
道端で
老婆がひとり
日なたぼっこをしていた
春うらら
だあれもいない道端で
僕はたばこをふかしつつ
ひとり老婆をみつめていた
春の夜
春一番の吹き抜ける街路を行きつ戻りつしながら
思い出と恋に悩み憧れている僕はふとみつけた
どこぞやの酔漢が立ち去っていったのだろうか
置き去りにされた酒杯と舞い落ちる一枚の花びらと
電話
春の夜は浮足立っていたから
電話した
夏の夜は寝苦しかったから
電話した
秋の夜は長かったから
電話した
冬の夜は寒かったから
電話した
恋は年中せわしなく
バカにならない電話代
萎れたバラのように…
萎れたバラのように思い悩んでいて
五月雨のように暗く落ち込んでいる
昨日と同じく今日も虚ろな夢を見て
今日と同じく明日もあなたのことを思い続ける
淋
仕事帰りのコンビニの夜など
残業
昨日は残業ありまして
今日も残業しています
明日も残業あるでしょう
――日曜日にはディズニーランドに行きたいね
良月夜
それは美しい月夜の物語
森の奥でかすかなせせらぎの声がする
木蔭で眠っていた小鹿がふと目を覚ます
天を見上げる瞳に星々は安らいで湯浴みする
詩人
悲しむにつけ 喜ぶにつけ
僕はいつまでも君を愛するだろう
実るにせよ 実らぬにせよ
僕はいつまでも悲しい恋の歌を歌い続けるだろう
人間
人間である以上 恋をするのは当然かもしれない
人間である以上 恋に破れるのも必然かもしれない
最近はそんなことばかり考えて夜も眠れない
まだ告白もしていないというのに
天気雨
空は晴れていた けれどもわずかに雨は降っていた
手を差し出せば水滴は心地よく 水たまりに静心ない波紋
恋は青い水面のように安らぎ深く輝いていたけれど
あなたの心に降る雨に気づくすべもなかった僕
恋
詩に相応しい季節があるように
恋も花と咲く麗しい季節がある
者の音と色と香に満ちそして酔う春よ
命短い春に恋ははかなく散っていった 花のように
憧れ
貴方の写真を
小舟に折って
小川に流す
鳴る水音よ
月光を浴び
眠り入る貴方の
優しい夢を偲び
ひとり
袖を濡らす
秋
時計
時計は
石に似る
一心に
時のみをみつめ
今日も
与えられた道に
いそしむばかり
恋
黒雲の垂れ込めるその向こうにはひとり太陽が輝き
嵐の渦巻く海原のかなたにはひっそりと地平線がいる
先の見えない僕のこの恋のあちら側には
いったいどんな空がひろがっていることだろう
僕らが浮世の…
僕らが浮世の春に浮かれ騒いでいたから
花は咲き花は乱れ花びらの間に舞う僕らの喜び
花びらは光と降り全身に花びらを浴びて
花びらとともに散りしきる僕らの思い出の春
夜
誰かが泣いているのだろうか
外には風が吹いていた
誰かが泣いているのだろうか
外には雨が降っていた
ひとり眠れない夜を過ごしながら
とりとめもない妄想に耽りながら
静まり返ったあの街のあの部屋の片隅で
あのひとはあてもなく泣いていた
無題
眠れぬ夜はひたすら思う
あなたの夢に幸多かれと
目覚めの空は冷たく澄んで
ただ青く あなたの朝の縁を彩る
空には…
空には白い雲がいくけど
僕の心は黒い雲です
空はあっぱれ快晴だけど
僕のこころに雨は降ります
あなたが去ったその夜は
ただ茫然と言葉を失くし
あなたが去ってしばらくたって
淡いあなたの夢を見ました
不思議
不思議なことは数多いもの
なぜカラスは黒いのでしょうか
なぜトンボの目玉は丸いのでしょうか
なぜ昨日は今日ではなく 今日は明日ではないのでしょうか
ほんに不思議は数え切れない
なぜ僕はあの娘に惚れているのでしょうか
どうしていまだに告白もできずにいるのでしょうか
桜花
晴れ上がった路上をあてもなく歩いている
いくつかの水たまりを過ぎる 屋根と電線と青い空がのぞいている
見落としたようだ どこかで気づかずに通り過ぎたようだ
ごらん こんなにも美しい桜が咲いているのに
雨の降る日は…
雨の降る日は黙って雨に打たれ
風の吹く日はじっと外にたたずむ
あのひとはもう二度と帰ってくることはないけれど
やはり外は雨 春の雨 いつまでも降りしきる雨
ある夜
もう何もしたくない
ただこうやって
ずうっと
雨を鳴らしておきたいのだ
春
春 それは静かに思いを寄せる季節
人知れず花は咲き そして散るように
人知れずあなたを想い そして散ることもない
花屋
花に埋もれ
笑む妻の
声のかそけき
秋の夕暮れ
ピエロ
サーカスの出番も終わり
小屋裏の馬に草やる
ピエロ寂しき。
夕闇降りて
馬の背なでて
ひとりごつ
ピエロよ哀れ。
うるおい
歩道狭いと
妻と寄り添う
満員電車は
妻と触れ合う
都会暮らしも
たまにはいいね
妻
かつて吾が妻 薔薇なりき
その手握れば こころ疼けり
いまや吾が妻 名も知らぬ
空地に咲ける 花にこそ
吾が日々に満ち 吾れとともに
かそけく時を 惜しむのみ
八重椿
八千年もの時代を越えて
溢れ出す思いを堪えて
眠る 椿よ
汝の微笑にゆらめく唇が
光に燃える大地の胸に落ちようというのに
眠る 椿よ
永遠に流れさ迷う追憶に
汝はいつまで浸り続けようというのか
寒いと思ったら…
寒いと思ったら外は雨
不思議に明るいと思ったら雪
僕の傷害の最も辛い一日に
あなたは清らかに輝いていた
梅
梅咲き初むる
昨夜の
夢の名残りか
ゆえ知れぬ…
ゆえ知れぬこの淋しさは一体どこから来たのだろう
この寒い街の雪はいまだ溶けることもなく
道を歩けばびしょびしょとクツもクツ下もずぶ濡れとなる
ゆえ知れぬこの淋しさは一体どこから来たのだろう
夜の街に灯りは点々とともり 恋人たちは手をつなぎ
幸せそうな笑みをたたえて わが肩をかすめて過ぎる
あなたが去って 淋しさはいよいよ増して
街並みを飾るショーウインドーも 通り過ぎゆく美しい人も
夜のにぎわいも 何もかも この心を慰めることはない
萎れたバラを手に摘めば トゲは指を刺し
血はにじむ その血の匂いさえ慕わしく
その痛みさえ ひとりの夜の慰めとなる
Arthur Rimbaudへ
その燃えるような瞳よ
その傲岸にそそり立つ金色の髪よ
その無造作に締められた蝶ネクタイよ
あなたの眼差しが鋭くひかり
人類の過去と未来と現在を的確にとらえ
いつしか永劫の歴史の彼方に消えゆこうとも
あなたもやはり人間であり男である以上は
涙ながらの恋をしたこともあるのでしょうか
この片恋に苦しむあまりに惨めな僕さながらに
百合
百合が咲いている
そういえば
あの人の名も
口にしないまま
いまでは遠い
季節の花よ
カンナ咲く道
駅前の
カンナ咲く道
もう十年の前
あなたと二人
歩いた小道
谷間
神々の吐息にしっとりと濡れた谷間
私は長い間さまよい歩いた
いつしか 私は肢体が朧な陽炎に移ろうのではと危ぶんだが
手も足も ついに泡のように輝いていた
私は尽きない夢の路を歩み
苦悩と悲哀に疲れ果て 何度も歩みを止めた
私の溜息は 大気に触れると 皆ばら色となり
大地に落ちると 七色に光るのだった
ひとり暮らし
家に帰ると真っ暗で
冷蔵庫を開けると一本のビールだけ
留守録を聞けば三件の無言電話と
無機質な発信音
電話を待っている
(待っているだけ)
どこかで野良猫が鳴いていて
どうやら外は雨模様
生きているから淋しいのではなく
淋しいからこそ生きている
海
海
いつまでも眺めていた
海
海
いつまでもたたずんでいた
海
凍えていた夜も
汗だくの昼も
海
いついつまでも
鳴りやまない
海
雨
今宵も外には雨が降り
冷たい風が吹き荒び
僕の心は悲しんでいる
いま思い出す 雨の音
灯りを消して ふたりして
静かに聞いた 雨の音
コタツにふたり 肩を寄せ合い
灯りを消して 何思うなく
なに望むなく 聞いていた
今宵も外には雨が降り
ラジオを消せば雨の音
いついつまでも雨の音
美術館
日曜日には美術館をひとまわりして
それから洒落たレストランで食事した
絵はよくわからないわ と彼女はつぶやいたけれど
僕の詩を読んだらにっこり笑ってくれた
それからふたりで近くの公園に行き
ベンチにすわってとりとめのない会話をした
やがて夕暮れ 公園には誰もいなくなり
ふたりはしゃべり疲れて黙って幸福だった
紅葉
道の両側に立ち並ぶ紅葉
誉まれと悔いに
血塗られた
二本の
神の
腕
青空
洪水の後の
澄んだ瞳
故知れぬ魂の
痛みに傷れ
血を流す
冬の
夕焼け
寂しい鬼
ひとしきり雪の降った夜
ことばなく月が万物を照らす夜
しらじらと雪は燃えるように冷たい
――林の奥 忍び音にすすり泣くのは誰?
世の愁いを忘れて街は寝静まり
あまたの樹々は闇に黒洞々として聳え立つ
この物音ひとつしない冬の夜
――しめやかに 忍び音にすすり泣くのは誰?
あなたが去ってより
昼も夜も 喜びを歌を忘れ
僕はさ迷う 町を林を沼のほとりを
疲れ果て何もかも忘れ果て正気を失って
嗚呼たどり着いた林の奥に僕は見る
髪振り乱し歯を剝き出しにしてすすり泣く 己れの姿を
青空
こんなに寂しい夜には
わがこころは 悲しいようって泣いている
胸を裂いて 心臓を取り出して
花園のすきまに埋めてこよう
白百合の咲くあの花園に
雨の情景
雨が降っていた
海は冷たく淀んでいた
港をあがると小さな工場があり
生産過程の機材やら工具やらが
雨にさらされていた
みなてかてかと光っていた
東京モノレール
モノレールの下を汚水は流れ
マンション見下すコンクリートの岸辺に
尽きない苦悩を撃ちつけている
軽やかなカモメ一群れ
我れが苦悩を嘲るが如
It Never Rains But It Pours ――東京モノレール哀歌
全身錆びた船が一艘
苦悩にやつれた僕の脳みそ
扉開ければ小便臭い
駅降り立つと雨が身を打つ
光るレールは…
光るレールは銀色
青空の悲しみも届かない
気まぐれな風が一吹きすると
桜の花びら一枚レールの上に舞い降りる
夏に寄せて
遠くで芝が夏の光に酔い痴れていた
わたしのあこがれは小道をさまよい歩いていた
それはかげろうのように燃えて青ざめていたけれど
たれひとりそれに気づかず
わたしは木蔭でうずくまって泣いていた
淋しいからって
淋しいからって
夜になったら
電話した
あのひとはいなかった
ぽつりぽつりと留守番電話
やっぱりあなたの声だったけど
TVみていた
TVみていた
ひとりっきりで
TVみていた
ひざをかかえて
TVみていた
仕事を忘れ
女も忘れ
今日はひねもす
TVをみよう
春
この世の春を謳歌する若者と
優しい春を憂うる詩人と
万物目覚める春を呪う囚われの人
道端
日は照っていた いつものように
ガランとしていた いつものように
人通りがなかったから 僕はすわっていた
名もない花を手に摘んで
ひねもす それをいじくりまわして
あなたのことなぞ 考えていた
成増
本当に貧しかったから
協同出費でタバコひと箱
煙の絶えない小さな部屋で
ふたりで聞いた遠い国の唄
日曜日
銀座でひとり映画を観た後
池袋まで飲みに行った
ここは僕の母校のあるところ
僕の青春の埋もれているところ
夜の街
街の女がタバコを吸っていた
どこから見ても別れたあの娘にそっくりだ
ゆきずりの男に誘われるまま
女は闇に姿を消した
酒場
「この傷だらけのレコードには
世にも妙なる音楽がこめられているのさ」
皺の深い老婆はそうつぶやいて
黙りこくって苦い酒を飲んだ
詩人
キリギリスが寒さに凍えて死んだ晩
僕はコタツでうっとしとして夢を見ていた
アリは明日も働くのだろうけど
夢を見るのは詩人の習いなのだから
無題
雨が降るでもなし 空が晴れるでもなし
こんなどんよりと曇った日には僕の心も沈みがちになる
それでも教室に行けばいつもと変わらぬ笑い声
いつもと変わらぬ笑顔
あなたは僕に気づくこともなく
僕はいつまでも灰色の空をみつめている
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