
存在と猫
そして存在とは猫であり、猫は実在の放送局を支配する。こまめな出納帳に猫の住所が掲載されている。マタタビとサンマの数量に関しての年間の積み出し量である。陰性植物の影から下着姿の猫が発見される。意味形成の刀剣師からの惨殺的落下に参加するのである。尻尾は常に火山性のマグマの流動性によっている。性格と名前によっても多くのシナリオが散見されるのである。ジャマイカ製の天然のクラゲの佃煮にしっかりと塩が添加されて、さらなる活火山性が海までの流動体によっている。歩きながらその道の幅が決定される意味を視覚的に証明しよう。一番街の時計店での厳密なショック療法に依存している。猫が地下街を行く。そのしなやかな歴史的象徴性に多くの猫取り締まり班が、悪態をつく。時間の尻尾に噛みついて、時間の味をスムーズに自覚する。視的に夜をやまいの内部から救出する。それは存在論的猫だましである。地下のネズミ取引所に出入りする猫たちの興味深い心理を解明するのである。あわく沈下の音量にそれぞれの夢を仮託している。髭の長さで視覚試験にのぞむ時節を判断する。それらは夜の試験である。それらの意味は腹の奥に意識を迷妄とする。焼けた魚の意志でもって、君にこの皿をさしだしても良いだろう。すべての猫の意志は集約可能であると君は言う。それだから無理ではないこの意志の世界に猫背の紹介屋が暗躍するのである。たまにはこの木からジャンプして、家の屋根へと伝い歩くのである。この尻尾から逃走するような、家々の屋根からおのれの意志で急速に、実在へと飛びかかる。この月光の下のあざやかな血統を自己の眼で燃やすのである。それはもうガンジスの河原で燃やす肉親のしかばねである。猫と隠された意味と。これらの炎と煙にむせている。またかがやく波頭にも。
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