匂う

耳たぶほど開けた窓から
雨の匂いがそっと蹂躙する
「それは埃の匂いなんですよ」
通夜でも朗らかな葬儀屋が
教えてくれる
私は埃に癒されている

昨日と今日の隙間から
ねっとりと黒く大きな蛭が入り込む
私の口はやさしく塞がれ
消毒液とぬか漬けの混ざった臭いの
母親のてのひら
その温み
君と交わした気怠い口づけ

歳時記はもう何年も
本棚で黄色い表紙を反り返らせている
酷寒に定義された言葉の
呻き声が深夜の耳もとで漏れる

誤魔化しの雨が降り出し
胞衣の襞々から染み込む
それは羊水ではない
三本爪の亀が住む沼の水だ

涙よ降れ 
たましいを溺れさせよ
五十三平米の公団住宅の和室に
ヨモギの匂いがしても
それは埃の匂いだ

投稿者

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。