旅人

旅人

笹舟にのる小人は
どこを目指しているのやも
もはや己自身分かってはいない
萩の花をゆらす風としのつく雨に
竿替わりの小枝は役にも立たぬが
舟を動かしているのは
自らの意志ならんを建前として
己に細やかな安堵をもたらさんがため
操らぬわけにはゆかぬ

気づけば雨雲の後ろで日は暮れ
いよいよ心細き小人は
闇に飲まれぬ抵抗として竿を手放せぬ
それもやがて疲れ果て
高鳴る鼓動には気づかぬ振りで
到頭舟底にうずくまりけり
舟は流れの意のままに
いささかの戸惑いもなく
ひたすらに進み行かん

まぶたの裏に眩さを認め
夜明けを知れば
風雨の名残は天高きところの巻雲のみ
通り過ぎる葉の先へと腕を伸べ
小人は両手で露を取りぬ
小さき手に包まれた透明なる玉は
朝日に光り輝けり
小人は欲するというよりも
体の中を潤さんという必要から
喉を鳴らして露を飲みたり
手の甲で口を拭えば
この日の始まりにふさわしき
新たな力が湧き出せり

小人は舟の先端に立ち
進み行くその先へと目をすがめん
折から背中を柔らかく押す風は
銀の波を起こし
前へ前へと笹舟をいざなえり
ちらちらとさざ波立つ川面は
さながら石英の砂を撒いたよう
銀の鈴を振るような音を捉えた気がし
小人は我知らず微笑せり
その目に映るは
果てなく続く一本の輝ける道
旅の希望を示すが如し

投稿者

大阪府

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