影の道行き
むかし、あやしき影の世に、
たそがれの色いよいよ深まりて、
山の端にかかる雲も、心あるごとく
ものあはれをそへたりけるころ、
古き神々のちからはかすみ、
世のうらみはなお消えずして、
闇よりいづる者のまなこ赤く、
石に残れる呪ひのこゑさへ、
風のうちにまじりて聞こえけり。
されど、かかる乱れの中にも、
やさしき心を失はず、
ただ天つ道のほのかな光をたのみて、
かみにつかへまつる者ありけり。
そのこころのうちに、
いまだ知らぬさだめ近づくとき、
影わかれ、風ひそみ、
世のあはれは一しほに深まりぬ。
かくて詠める歌ども、
昔の調べをうつしつつ、
影と光の道行きをしるすものなり。
たそがれに
あかきまなこは たちいでて
のろひのいしに
いにしへかみを
いのるやさしみ
いにしへの
かみにひざまずき ねがひして
はてなきみちを
いまだしらねど
ここにまちぬる
あめのみち
かげわかれつつ かぜひそみ
よばふこゑに
みえぬさだめは
ちかづきにけり
うらみふかく
なおたちいづる あやしびと
かみつくことを
やさしきこころ
つひにせざりき
かくて、影の道行きも、
あけぬ夜のほのかな光にとけゆきて、
いにしへの神々のこゑさへ、
風のうちにかすかに残りけり。
うらみふかき者は、なお闇にまどひ、
やさしき心の者は、ただ道をたのみて、
かみのまにまに歩みゆくほどに、
世のあはれは、春の霞のごとく
しづかに心にしみわたりぬ。
かの者らの行く末、
いづれの空にか消えゆくとも知らねど、
影と光のあはひに生まれし歌は、
ながき世のほかまで
人の心を照らさんとす。
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