銀色の雫

銀色の雫

僕は役立たずの人間なので
せめても
生層序学のお役に立とうと
化石になることにした
七万七千年後
僕は一学生のスコップにより発掘された

「先生! ホモ・サピエンスの骨が出ました」
「第四紀の地層なのだから、出るだろう」
「この骨、どうしましょう」
「我々が探しているのは、イシガメの化石だよ
第四紀の環境変化が、イシガメの甲羅の大きさ、
すなわち体の大きさに
どのような影響を及ぼしたのかを調べるために、
かつて池の底であったこの地層を発掘しているのだよ」
「かつての池の底になぜ人間の骨が?」
「さあてね。足でも滑らせたのか」
「飛び込んで、溺れちまったのか」

どじ! 
学生たちがはははと笑った
化石になれば
昔々、その骨の持ち主にも
人格があったなどとは
慮ってもらえないようだ

僕を発見した学生は
左手に掴んでいる大腿骨を
所在投げに見つめていたが
何の未練もなさそうに
テンバコに放り込んだ
その場所を
あと少し掘り進めば
もう一本の大腿骨が出てくるのだが
学生は掘る場所を変えた

ホモ・サピエンスの骨と
地球のダイナミクスとの関連に
この集団は興味がないようだ

僕は何だか空しくなって
七万七千年一時間前の僕へと
テレパシーでもって
この虚無感を送った

池の前にたたずむ
七万七千年一時間前の僕は
水深のことばかり考えていたが
池の底に生息しているはずの
カメへと思考を向けた
彼らが生きとし生ける泥の中に沈み
生層序学の一助になるという思い付きは
落ち着いて検証してみるに
阿保らしくはないか

僕が眺める先では
沈みゆく太陽からの
黄金の光を受けて
石英を蒔いたように
水面がさざ波立っている
影となった水鳥が羽ばたき
慈しみの雨となって
水銀のような雫が散った
ひたすらに輝く水面は
池の底から見上げれば
天の川の如きであろう
僕はしばし見惚れた

些細な感動と
世界を同じくしている僕は
これからも
心なぐさめるような情景に
出会って行くのだろう
その度に
この世の憂いを束の間忘れ
生きていて良かったと
しみじみ感じるのだろうか

投稿者

大阪府

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