「世界が世界を世界した」
最近、頭のなかで何度もリフレインする世界という概念。
疲れているから人生から逃げているだけのところもある
と知っているのでじぶん対策のおまじないとしての言葉、
「世界が世界を世界した」と呟くと不安も解消する不思議。
なぜなのかわかりません。ただ「世界が世界を世界した」
には言葉を使って伝えたい本来の意味すらも持たなくて
だから、日々を言葉を使って生きながら得ている生活者
として、心の洗濯になっているのだろうと私だけの洗剤。
詩は詩を読むことのできる読者と共有できる言葉の洗剤
こころとは何なのかわからないけれどわからないなりに
なんとなく言語化する先には哲学や心理学があるのかと
ことばを愉しんで溶けてあふれる泉の麓でうたを歌おう
私たちは実は互いのことをなにもわかっていないのかも。
それでも確信もっていえる。みんな生きているんだ と
コメント
音で遊んでいるのかなぁ、と思いました。
それがなんだかおまじないに繋がりそうです。
@たちばなまこと さん
短いけど、まとをいる
感想、感謝いたします
気の遠くなるほど、長い間、「詩とは何か」と
正解を探す心の旅を続けていますので(正解なんてないと左肩に乗った小悪魔はいつもいうけど、、、
そのとおりで音とリズムとなにかと遊んでいると誰かに言ってもらいたかったのかもしれません。
この小作品もすくわれましたので、しばらくラボの地下室の冷蔵庫行きにできそうです。感謝祭