沼
深いモスグリーンの森で
白く咲きそろう水草
淡溟(うすくら)さに身をひたして
沼のほとりに立った時
「足立様!」
私を呼ぶ澄ましたテノールの声
真下には輪郭のぼやける女が
靄のおりた様な山かげを仰いでいて
口角だけを上げて笑っている
もし今、目を合わせてしまったら
忽ち私の背中はちんまりと丸くなり
枯れ枝のような手と
しわ深い顔に白髪が残るかもしれない
視線を逸らし
お薬渡し口のカウンターへ歩み寄る
前頭部が薄毛で
やさ面な薬剤師から受ける
はずみのついた口調の丁寧な説明
支払いを済ませ薬袋をバッグに納めて
もう一度、壁に掛かった額ぶちへ見入る
東山魁夷、『沼の静寂』
人も動物も描かれていない沼に漂う
なにか深遠なものの気配
ダウンコートを着込み手袋をはめながら
ふと感じる胃の軽さ
白葱の突き出たポリ袋を提げると
「おだいじに」
朗らかな声でドアの開く夜道へ送り出されて
コメント
額縁に視線をそらしていく過程と沼の深い優しさ
最初は現実的すぎて驚いたけどそりゃそうですね
@足立らどみ
様
読んでいただいてコメントもくださり、どうもありがとうございます。
たまたま行きつけの調剤薬局で壁の絵を見て書いてみた作品です。^^
身近な現実の裏にも存在しているかのような、もう一つの世界。
最終連を、どうやって締めようか悩んだのですけど。自分では
ふと感じる胃の軽さ
このラストシーンへの切り替えが、ちょっと味出してて好きです。