演歌
玄関のドアを開けると
港町があって
演歌のような知らない音楽が
瞬きみたいに流れている
おかえりなさい、と告白する妻に
ここはどこか聞くと
上海だと言う
上海に親戚などいないはずなのに
娘が学校を卒業してしばらく経つ
いつものように呼吸をしてみる
その度に演歌のような曲は
音色を変えながら音量を上げ
娘が大切にしていた甲虫の類は
娘がしたみたいに皆
卒業していく
どうぞこちらに
妻はそう言って先を歩く
私はその後を歩き
妻の背中はこんなだったかな、と思う
暫く歩き船着き場につく頃には
こんなだったよな、と思った
どうぞこちらへ
妻の案内で船に乗り込む
明日は引っ越しで
上海とも違う街に引っ越すと言う
多分、私たち三人が
かつて住んでいたような街なのだろう
岸壁から見送る妻に手を振る
ここからはこの船に乗りながら
一人で歩いていかなければいけない
先ほどの演歌のような曲が
上海の夜景とともに徐々に遠ざかり
初めてそれが妻の歌う
「蛍の光」だったと気づく
コメント
詩ですね。
なんでしょう
ポチッと押せば、題名と一行目の文字が目に入ってきて
あ、これは詩だなって感じます。
小説と、かなり違う。
肌感覚です。
「瞬き」の数々の前奏が在って
「一人で・・・」のサビ
「蛍」のエンドロール
短編の映画のように演歌に聞き入りました。
勝手な解釈ですいません。
@wc.
wc.さん、コメントありがとうございます。
口語自由詩、ということを考えた時に、詩は小説のダイジェストであってはいけないし、行分け連分けをすることによって詩を書いた気分になってもいけない。
となると、形式とはまた違う小説との差別化が必要なのだけれど、それがおっしゃるところの肌感覚なのかな、と思います。
肌感覚をいっそう明確にするならば、寧ろ散文詩形式にするのも手ではあるのですが、以前書いたときはやはり形式に引きずられて、小説に近くなってしまった、ということがありました。
行分け連分けで詩を書いた気分になってはいけない、と先述しましたが、それは呼吸のために必要な形式なのかもしれませんね。
@風太郎
風太郎さん、コメントありがとうございます。
映画、って素敵ですね。幅広く見るようにしていて、アマプラにも入っているのですが、最近は見てないな…
映画館で見るとまた格別ですよね。スターウォーズの最新作でも見に行こうかな。
演歌、風太郎さんの耳に届いて良かったな、と思います。