時雨
朝空のどこか真下に
かつて親しんだ海がある
何度も繰り返される絵本の
読み聞かせのように
途方もない塩水を
波として陸地まで届け
また引き返す
けれど二度と同じ海に
なることはなかった
幼少期の私を形作ったのは
そのような所だった
風通しのよい勉強部屋で
詰襟の私は一人焦っていた
いくら探しても
生物の教科書が見つからなかった
昨日隣の組の宮内に貸して
その後どうだったか
返してもらったのかも
記憶が定かではなかった
宮内に聞こうにも
電話の番号を知らない
小学生たちが登校するときの
煌めくような声が
波音のように寄せてまた
遠くへと去り
この土地で最初に聞いた声も
確かこのような声だった気がする
高等学校までは徒歩と電車で
小一時間かかる
季節には時雨れることが稀にある
傘を持ち歩く習慣がない私は
そのような時
濡れながら走った
コメント
学生の頃、こんな風景があったような無いような感じでした。