玲瓏剔透グライダー
読めない漢字は
もう文字ではない
そう思うようになった
自分の無知を棚に上げる
そんな年 齢 だ ろう
知ることのなかった知識たちを
てきとう にあしらって生きるのです
辿り着けなかった風景は
もうどこでもない
最初から存在しなかった
だからいずれ行こうとしていて
行けないことに
あきらめもつくのです
理解できない人たちは
もう人間ではない
そう割り切るならば
痛みなどどこにもなかったはず
季節はとうに移ろうて
交わることのなかった心を
思うことなどないのです
飛べない豚はただの豚
テレビで見ました
いつまでも地べたに寝転んで
透明なグライダーを眺めるだけ
時間がたりないと
嘆く虚しさもどこ吹く風
そもそも時間など
誰も与えられていないのだから
空をよぎる影の
冷たさだけが本物で
それ以外のきらめきは
すべて誰かの作り話だと
天国ではみんな
海がどれほど美しいか
という話をするらしい
海を見たことのないやつは
そんな話にも加われない
のけものだ
ならば、僕らの行く地獄では
いったいなんの話をするんだろうか
誰もが黙り込んで
やっぱり地べたに寝転んで
天国よりも澄み切った
碧海青天
ただ見上げているだけかもしれません
僕らの頭上を、あのグライダーが
ゆっくりと通り過ぎていきます
コメント
「飛べない豚はただの豚」空飛ぶ豚は英語でありえないことの例えだそうですね。ピンク・フロイドのアルバム「アニマルズ」のジャケットの空飛ぶ豚はそれを皮肉ったものだそうですが、その撮影中にバルーンの豚の紐が切れて、飛んでゆき、航空機のパイロットが空飛ぶ豚を見てパニックになったという面白い逸話を見ました。閑話休題。王さんらしい皮肉と反骨に溢れた詩でした。
各連が、ほどよく区切られていて、ゆるやかで素直に、この詩を拝読することが出来ました。
ならば、僕らの行く地獄では
いったいなんの話をするんだろうか
からの最終連が、特に好きです。
僕ら、つまり、私も、きっと、地獄に行くでしょう、地獄があるならば。でも、私にとっては、ある意味、現世が、地獄かも、地獄でもあり、天国でもある 現世。
私は、お坊さんじゃないけど、修業が足りないんだな。たぶん、ずっと、色々な物事や存在に、とらわれながら 生きて行くのでしょう。まあ、これは(も?)、自業自得です。ぷふい。
あはは。
タイトル難しいよねー。ってメタな展開するのかと思いきや、めっちゃ抒情に着地するの、もはやずるい。
手の届かないものには、手を伸ばすことなく、見上げているだけなのは、行き着いた諦観なのかと思いきや、その先の、足掻くことの無意味を知り、最早、足掻く必要ない気楽さも感じます。
@たかぼ
やっぱり紅の豚でピンク・フロイド浮かぶよね。
今回は現代的な自己憐憫、現実逃避、諦念などを美しさや手に届かない尊さのようなものと対比させたかった。
でもたとえ天国というコミュニティから排除されて地獄に落ちたとしても、たとえ海などみたことがなくとも、どこか静かな救いはあるんじゃないのというささやかな希望を含ませたかった。
@こしごえ
自業自得、というのは各連にあるその結果でもあります。そういうのが書きたかった。
でも自業自得もただの月の満ち欠けのようなもんですから、ただ受け入ればいいような気もします。
実際は天国も地獄もなくて、ただ空と地球があるだけです。
@トノモトショウ
なによっズルいって。
確かに書き始めてから自分の思いの外、離れたところに着地したかもしれない。
僕のレイロウテキトウはそんな感じです。
@野鳥倶楽部
それはそれこそよる年波みというところかもしれないですね。
諦めるもの、見えてくる先、そしてあえて逃げこむ孤独、そういうものがやっぱり顔を出しますな。
あきらめは齢を重ねるほどに希望にも見えて個人的にはありがたい存在です。
透明なグライダーには透明なあの人たちが乗っているのでしょうか。
地べたに直接寝転べない人間なんでこの視点に憧れがあります。
齢 ろう てきとう 遊び発見。
「れいろうてきとう」を盛り込んでいるのはご愛嬌として、「何々でない何々」について語られる内容がどれもしっくりきて味わい深いなぁと。ポルコ・ロッソを持ってきたり、企画物へのサービス精神を込められたような詩の楽しさもありました。
@たちばなまこと
いやぁほんとに読めなかったもんね。忘れないようの刻み込んでおいた。
僕はどこでも寝ころべるタイプなんで、それこそどこにでも、駅のベンチでも。でも夜の芝生の上に寝てたらさすがに寒くなってしまった。季節は移ろうなぁ。
透明なグライダーはまぶしくって美しくって、とてももう僕には追うことはできません。
@あぶくも
もう出来ない、しようともしない無力感を皮肉って”when pigs have wings”に、グライダーもあいまって(戦闘機乗りだけど)紅の豚に託しました。サービスです。
映画『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』(Knockin’ on Heaven’s Door )もオマージュしてます。
ご愛敬ってなによっ、ふん。あぶくもさんは読めましたか?
@王殺し
さん、読めるわけないじゃーん!です。
前回の『非線型方程式』といい、我ながら教養のなさを憂いておりますよ。もうお題企画に参加できないんじゃないかと思って他の人の投稿を見ないようにして書いたのですが、王殺しさんのこのアプローチは目から鱗でした!
三連目まで、うなづきました。ぼんやり思っていて、叶わなかったことから目を逸らしているから、言語化されるとうぬぬと思いました。諦めるのもうまくなっていくのだなあ…
最初で笑って、俯瞰で沈んでいきました
地獄も天国もあって、でもわたしは海に還りたくて、この詩の問いかけの答えは出てこないけど、なんか好きだったのです
@あぶくも
読めなくとも心で感じればよいんですよね。読めなくとも今はコピペで調べられるしね。
前回の「非線型方程式」よりすっとできたな。やっぱり自分は理系じゃなくて文系だな。
@花巻まりか
そうきっと年齢をかさねると、体力、視力、精力も低減してきて気力も。。なんてのはここで寝そべる者の空言です。
でも痛みに目をそらす、そんなテクニックはベテランになれば身に付くのか。
ただ諦めるのがうまくなり、手を伸ばさなくなって見えてくる美しさや救いってのも確かにある気がします。
@イチカワナツコ
天国ってなんでしょうね。人は地獄の方が具体的に想像しやすい。天国ってなんか光や笑顔があふれてるだけでなんなの実際、なんて絡んでみたり。
海を見に行きましょうか。
天国ではみな海の話をする、という映画では二人の余命わずかな男がいて、ひとりが人生で一度も海を見たことがないとのことなのでそれはいかん天国では~、ということで二人で海を見に旅立つのです。
@王殺し
天国は、光で溢れてる場所です。見たことないけど
悲しみはないし、痛みもない
わたし、詩を書けなくなるな…
聖書は読みました
愛について書かれているところはだいすきなのです
海、見に行きたいですね
その映画は、ひとり車いすですか?もしかして
@イチカワナツコ
それはもしかして日本映画?長瀬智也さんが出てたやつかな。それは日本版の『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』ですね。僕も見ましたが、ちょっとコミカルさがなくて日本らしいテイストだったな。
違ったかな。
ほんとは海を見たことがなければ見に行けばいいのに、そうもせずただ寝ころんで透明なグライダーを見ようとするのがこの詩なのでした。
@王殺し
いえ!わたし邦画観ないひとなので、洋画でした!
タイトル覚えてないけど、黒人男性と車いすに座ってる初老の男性の映画です
観たことないけど、観てみたいなーって思ってる映画の一つです
見たことがなければ、見に行けばいいですね
寝転んで見えないものを見ようとする時間の過ごし方も好きだけど、わたしはやっぱり見に行きたいひと
でも、透明なグライダーなら乗ってみたいな!楽しそう!
@イチカワナツコ
ああそれはフランソワ・クリュゼがでてる最強の二人かな。それもいくつかリメイクされてるよね。
僕はまったくの無神論者、というより嫌神論者なので天国もピンとこないのです。悲しみもなく、痛みもなく、ただ笑えているそんな永遠があったらしあわせだろうか。
ただ昔つきあってた女性が熱心なキリスト教信者だったので、聖書はけっこう読んでいます。物語としては興味深い。
彼女は透明なグライダーに乗っているでしょう。
でも僕は嫌神論者なので見上げるけど見えないのです。
そして僕は海の側に住んでいます。実際は見たくなくても見るところにです。、
@王殺し
天国はあると思います
でも、そこにわたしの大切な人や好きな人がいなければ、生(行)きたい場所にはならないです
返せば、好きな人たちがいる場所なら、どこでも天国
最強の二人!それです!
じゃあ、いつかそちらから見える海の詩、書いてみてほしいです
それで海を見ます
諦めているようで諦め切れてないところが叙情にぐっと深みを与えているなあ、と。
すごく好きな感じです。