
一之宮六丁目
美輪明宏さんが亡くなった日
一週間失踪していた鍵の居場所がわかった
同じ町内だが
そんなところには行っていないし
どこでいなくなったかわからない
誰かが捕獲し持てあまし
捨てたとしか考えられない
そして別の誰かが保護して
警察に届けたにちがいない
発見された場所に
驚愕して当惑した
それは一之宮六丁目――
戦争が終わって五七年たっていた
一之宮六丁目では高速自動車道の橋脚を建てていた
ある作業員がショベルカーで土を掘った
古いビール瓶が八〇〇本も出てきた
何の瓶だろう
何が入っているのか考える間もなく
人殺しの液体が飛び散った
十一人の作業員の顔や胸や足などにかかった
彼らの身体は汚染され
水ぶくれ、喉の痛み、視野狭窄、下痢を発症
もっとも重症だった作業員は、十年余の闘病生活ののちに肺がんで亡くなったという
一之宮六丁目の辺りには
国が戦争をするための海軍工廠があった
大量殺人ガス爆弾防毒マスク製造所
敷地からは異臭がし
徴用された工員は顔色悪し
顔が黒くただれてボコボコで、目は真っ赤に充血していたし
耳が溶けたり、鼻が半分駄目になったりした人もいて
働かされていた
秋田やら新潟やらから来た人たちや
朝鮮半島から来た少年たちは
ゾンビになって地下に潜んでいて
掘り出されたのだ
割れた瓶の中身は
イベリット爆弾
ナチスドイツが初めて使った化学兵器
人殺し液体爆弾が詰められた缶は木箱に収められ
一〇〇キロほどの重さになって牛に引かれ
西寒川駅に運ばれた
田舎の風景に毒ガスを引く牛が喘ぎながら行く
純真素朴な風景はグロテスクな風景画であった
この奇妙な符合は何だったのか
何者のしわざなのか
十一人の犠牲者が出た十二年後の
一之宮六丁目
高速道の側道の工事現場で
大きな壺のような
ガスボンベのような
不可解な物体が見つかった
掘削作業中二〇~三〇センチ掘ると
再び人殺しの遺物が姿を現した
戦争犠牲者の亡霊は
大量殺人の異物は
八〇年以上たったいまでも
成仏できないでいるのだろうか
鍵の失踪は無念の亡霊が悪さしたのかもしれない
さし示したかったのかもしれない
天へ昇った美輪は言った
「戦争って言葉をなくせばいいんですよ。『大量殺人』でいいんです」
美輪明宏さんは亡くなった
人殺しはまだ終わらない
その言葉の鍵は亡くならない
なくなっても
なくそうとしても
かならず戻ってくる
*主要参考文献:安田浩一・金井真紀著『戦争とバスタオル』(2021年亜紀書房刊)
コメント
これは、すごいなぁって。