引き出しの中

引き出しの中

姉の部屋には箪笥がある
普通の何の変哲もない
やわらかな肌色をちょっと濃くしたような
どんな木で作られたのかも分からない
けれどその引き出しには
一つ一つの思い出が
小箱の中やハンカチに包まれ
息づいている
誰もがずーっと前に忘れてしまった
何でもなかったものが
ちんまりと小箱に収まっている
誰にとって大切なのか
わからかなくなった物が
判子で押されたように
しっかりと色あせずに
確かに命があったことを
証明している
なんでもなかった物が
きらきらと輝いている
生きたと言うことは
こんなことなのだ
手にとって見ると
陽炎のようにぼんやりとしていた
記憶が稲妻のごとく巻き戻され
私もしっかりと
そこに立っている
胸がじんわりと痛み
思い出は大きな船が通ったあとの波のようにゆっくりと
私の中に押し寄せ心を揺する
温もり、匂い、思い出
引き出しの中に
遠くなった別の世界が
潜んでいる
暖かく 暖かく
そして暖かく
博物館の展示物ではない
死んだまま
何も語ることのないミイラではない
キラリと光る
朝の最初の光に当たった雫のように
わくわくと未来を生きる
可能性が
何の変哲もない
タンスの引き出しを開けるたびに
心を潤す
姉の心の引き出しは
暖かく
そして暖かく
大切では無い大切なものが
そっとしまわれ
あたりいっぱいに
温もりを放っている

投稿者

宮城県

コメント

  1. 私もこういう引き出しを持っていて、子ども時代の文房具やら小物やらが、ただそこにあるという状態でずっとあります。いつか始末しなけりゃと思っているのですが、この詩のような素敵な見方もあるならば、片付けも先延ばしして良いかなあ…と思いました。

  2. @野鳥倶楽部様

    コメントありがとうございます。少しセンチメンタルなところがありますが、ささやかな人生はそのさささやかな物たちで最大限に引き延ばされているのでは・・・などと思いながら。

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