ヘヴン
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―シンプルに知りたいんだ。
―簡単よ。
―どういうふうに?
―結局、自分に起こるすべてのことは必然なのよ。領域も結界もなく、咲いた花も生きてるならいつか散るように、自然でいるってことよ。
―自然に生きてるから、自然に生きろということか?
―うん、でも愛がないと。憎しみもないと。不都合なこともないと。自然に生きられるための愛。
―だからこそ幸せと不幸せがあるのかな。どちらもあるから、どちらも事実として存在できる。
―うん。リル。
―うん。
あたしはマンションに住んでいるの。割と、いいのよ。7階よ。眺めがいいのよ。いつも眺めてる。でもあたしのお隣には眼が見えるのに、眺めることが出来ない人が、住んでる。42歳と聞いたわ。寝たきりよ。知らなかったわ。どうしてエプロンを着た人が毎日来るのかわからないから、パパに聞いたわ。生まれてまもなく、脳内出血で、その後遺症で癲癇発作を繰り返し、重度の知的障害が残った。「一生ベッドから出られないプレゼントを、神様が与えた」って、その人のお母さんが言ったそうよ。その人は、一生、自分がなんのために生まれたかも、なにも分からないんだって。あたしはいつもくるそのエプロンの人たちがエレベーターの中で、真性包茎初めて見たわって話してたの聞いたよ。あたしはただ、生々しい剥きだしたいまを感じた。でも純粋にあたしは、あたしは、抱いてくれる人がほしいと思った。誰ともなんにも比べないで、ただ、男の人には抱いてほしいと思った。
―リル。
―うん。
―あたしもいつでも、寂しいのよ。
〈海の音が聞こえる気がする。海は宇宙よりも暗闇があって月よりも青白い光がさして、でもどこよりも 心地よい風が頬を撫でて、通り過ぎる〉
〈同じ雫と違う雫〉
〈見逃してしまった昨日には今日があった。落としてきてしまった今日には明日がある〉
〈世界が狭いのではなかった〉
〈「気づき」が残っているように思えた。 悟りはまだいらないと思った〉
いつでも、リルを感じていたいのよ。それがヘヴンなのよ。
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コメント
天国の捉え方は、さまざまなのだと思います。
彼女の部屋の隣に住む障碍者氏の母上が言った「一生ベッドから出られないプレゼントを、神様が与えた」。彼女が呟いた「自分に起こるすべてのことは必然なのよ」。
…ヘブン。
ひとにとっての幸せについて、今も、考えています。
この詩の構造にしびれます。
長谷川さん、ありがとうございます。この詩はただただ写実的に描いたものなので、僕の中では結論が下せないまま、ただ自分でこの作品はとても好きです。
たかぼさん、ありがとうございます。実は僕はその点を強調したいと思っています。