テレビ放送

ほつれていくテレビに
故郷が映った
見慣れた橋や川面の姿
人も映っているけれど
ほつれていて
よくわからなかった
会釈くらいはしたかもしれない
そう思うと
雨の音が聞こえた

忘れていた化石になる夢
側溝に足がはまって抜けなくなる
それが夢の始まりだった
春の陽にあたりながら
ゆっくりと化石になっていく
泣きたくなるほど
長い時間が要るのだと
その時に初めて知った

新しい風除けがいる
と言い残して
買い物に出掛けたまま
母は帰ってこなかった
しばらくは
窓を開けておいたけれど
入ってくるのは
別のものばかりで
後でうまくできるように
分類して並べていった
その中には父も含まれていて
小さな声で
ただいま、と言った

脱いだ靴が雨に濡れて
父は数日外に出られなかった
遠くなったり
近くなったりしながら話をした
たぶん話せなかったことも
いくつか話した
その時もテレビは
ただほつれているばかりで
二人で何を話したのか
今となってはもう
聞き取ることも出来なかった

投稿者

コメント

  1. @たけだたもつ

    手触りのようなものは
    ざらついています
    何度か
    音読しました。
    良いです。因みに良いの後には感嘆符がつきます。
    読ませてもらって
    良かった。

  2. @wc.
    wc.さん、コメントありがとうございます。
    音読までしていただき、重ね重ねありがとうございました。
    好きな詩がたくさんあります。好きな詩はどこの一行を取り出しても好きで、舐め回すように読みます。自分の詩を読むとただの説明文の一行があったりとまだまだ残念なところが多々あります。

  3. @たけだたもつ

    既に解決済みなのかしれないけど解説文やらになると感じるって詩作あるあるですね。
    作品内限定でも他者(自分の中に眠る時には自分もすっかり忘れていた他者を含んで)
    に納得してもらい、一文字ふた文字変えることが出来て、後から気付くこともあって、
    暫くして、翻り他人の作品を読むと似たような苦労或いは愉しみに気付きより親しみ
    を感じることもありました。いきすぎると全ての文字が詩でなんでもない或いは全て
    新聞詩に、、、見えないか、なにまた変なコメント書いてる?詩を読むってたのしい。
    いつもありがとう。

  4. @足立らどみ
    足立らどみさん、コメントありがとうございます。
    本当に詩を読むのは楽しいです。趣味も何もない私にしてみれば、神様からの贈り物みたいな。
    私は、業務マニュアルや、科学関係の学術書に詩を感じます。いっさいの感傷を排し、けれど一生懸命届けようとするものに。ホームセンターで売っているような組み立て家具の組み立てを説明した文書は逆に投げやりで丁寧さがないので、詩を感じにくいです。

  5. たもつさんの詩を読むとエッシャーを思い出すのです。
    “ほつれていくテレビ”とは!
    なんですかこのキャッチーなフレーズは!
    天才ですね。

  6. @たちばなまこと
    たちばなまことさん、コメントありがとうございます。
    小さい頃は手品師がプロレスラーになりたかった。きっと、人をびっくりさせるのが好きなのですね。
    エッシャー、ダリ、マグリットなんか好きだし。
    詩を書いてると、しょうもなくつまらないフレーズが頭に浮かぶこともあるかも知れませんが、そんな時、どこにも行かないで、と首根っこつかまえて、この機会を逃したら二度と詩なんか書けない、という執念だけかもしれません。

コメントするためには、 ログイン してください。