遠い雨音
ハルシオンとサリンジャーが私のお守り
そんなきみの口癖を今でもたまに思い出す
ブルガリの香りに
安いラムと煙草の匂い
混ざりあっていくのと同じ速度で
雨が窓を叩き続けるから
帰らない言い訳ができたあの日
擦り切れた毛布に二人でくるまって
ベットの上で煙草を吸いながら
何がいちばん欲しいって訊いたら
ほんの少しだけ考えてから
東京
と、ひとこと
煙草の煙と一緒に吐き出した
もう痛みなんて何もこわくない、って
きみは笑ってたけど
それがきみにとって
大人になるっていうことだったんだろうか
人を殺したこと、ある?
私はあるよ
どう答えるのが正解なのかわからなくて
きみの目を覗きこんだら
マスカラできれいに整えられた睫毛が
すこし濡れていたのを覚えてる
雨音は今も鳴りやまない
耳の奥で
あの部屋の窓辺で
どこか遠いところで
コメント
近づける精神の為に、用意されているものは、雨音であるか、それはしとやかであり、それはあまりに都会的であり、はるかな大型恐竜のうえにも降る、二人の耳に、濡れた卵のうえに、降る、殻を破り、近づける指のすきまに、雨音。
@坂本達雄 さん
坂本さんのコメントは、それ自体が詩ですね。ありがとうございます。
私もまた都会的な何かを思い出していました。「東京」という一言が効いているのでしょう。私がサザンで一番好きな朝方ムーンライトの「吐息の合間に雨の音がする」というフレーズにイメージを膨らませながら、東京から戻ってきた女性とのなんとなくクリスタルな日々を回想してみました。手を下さなくても、心だけで人を殺すことはあるのでしょう。
@たかぼ さん
書いた本人としては、「都会」という洗練されたムードより、うらぶれたボロアパートみたいなイメージだったので、逆に新鮮な驚きがありました。
概ねフィクションですが、「人を殺したこと、ある?/私はあるよ」というセリフは創作ではないです。