想い出横丁
細い路地に入ると
食事処がぎっしり並び
人々の賑わいから
昭和の匂いがぷうんと漂う
頭上の鉄柵に
取りつけられた蛍光灯は
細い路地を
仄かに照らす
油汚れの壁に
描かれた弁財天が
ひっそり琵琶を奏でる
「バカはうまいよ」
「おふくろの味、盛りつけます」
軒先の看板に立ち止まる田舎出の学生
焼き鳥を齧(かじ)り、額に汗の滲むサラリーマン
隣の客に酒をつぐ水商売の女
昔、早朝に新聞を配ってから
専門学校に通った同じクラスのあいつと
就職が決まったり、恋に破れた夜は
決まってこの店で
熱燗を片手に祝杯をあげたものだ
あいつは去年結婚して
俺はまだ呑気(のんき)に街を泳いでいる
焼魚定食を食べ終え
賑わう店を出た路地に
無数の笑いと涙が
滲んで消えた
――今夜もあの時刻には生ぬるい風に
片足の無い軍人の面影が路地をよぎる
路地を抜けて
広い横断歩道に立つ
噛み砕けない魚の骨を舌先から、吐き棄て
人混みに紛れながら
青信号の瞬間を待っている
コメント
街そのものの歴史と、人と人との関係性における時間の積み重なりや経過のようなものとが見事に絡み合う感じが読んでいて心地良かったです。また最終連の、横丁から大通りへ出るのか青信号待ちの視点移動もとても良かったです。
バカガイ食べたい…
学生のころ渋谷や目黒で今はみあたらなくなった線路下の酒場で皆で飲んでた。あれはたしかにかけがえのない時間だったな。すっかり蘇りました。
片足の無い軍人の影が路地をよぎる、というのは何だろうな。何かの都市伝説か。
ノスタルジーを過ぎた、作者の荒ぶものも感じました。
私が子供の頃(昭和40年代)は、もう高度成長期に入っていましたが、まだ街中で傷痍軍人さんを見かけました。おそらく、この詩の背景には、戦争の陰が色濃く残っているのでしょう。その陰も含めての、柔らかな郷愁感ですね。
あぶくもさん
この詩の空気を感じ取ってくれて、ありがとうございます。
王殺しさん
詩から思い出の場面が浮かぶなら、嬉しいです。
若い頃の消化しきれない思いも、書きました。
長谷川さん
新宿に行くと人間の 何か を感じます。 それは、戦後間もない頃から漂う匂いでもあるのでしょう。
長谷川さんへの返信で言っているからそうなのでしょうが、「想い出横丁」って、新宿のですか?新宿の「思い出横丁」なら東京に住んでいた頃に何回か行ったことがあります(私は主に当時住んでたところで飲みに行ったり、自宅飲みしてましたけどね。ちなみに現在は、お盆とお正月にコップ一杯ずつのビールのみしか飲みません。ほぼ禁酒で、やめてから20年近くになります)。いいですよねぇ思い出横丁。でも、この詩では「『想い』出横丁」なんですよね。まずその題名に作者のこの詩へのこだわりみたいなものを感じます。
この詩のさまざまな情景描写により、読者の私までその場にいるような感覚になります。それくらい作者の筆力があるのだと思います。
片足の無い軍人の影、というのは、想い出横丁の記憶でしょうか。街の記憶でもあるのかなあ。はてな?
そして、最後の辺りから最終連での飛躍が、この詩の詩としての強度を増していると感じます。この詩 好きです。
こしごえさん
この詩の懐かしい風景を思い出して、伝えてくれて、ありがとうございます。