空っぽ

青空にぽっかりと
雲が浮かんでいる
どこを見るともなしに
宙をぼんやり 見つめていると
空っぽの自分のこころに気付く時がある
空っぽだ

けれど こころに
何も無い時というのは
かえって気楽ではなかろうか
お日さまに雲がすこしかかり
雲が光っている

私は普段
こころに余計な物事を
持ちすぎているような気がする
そよ風が肌をなぜていく
風は光り そよそよと言う

青空にぽっかりと
雲が浮かんでいる。
目をつむり 自分のこころを見つめる
このこころがあるということの
この奇跡に
空っぽのこころが満ちていき光り始める

投稿者

新潟県

コメント

  1. 街の散策が好きで、あちこち歩いています。歩いている時、ちょうどこのお作品のような感じですね。こころを解放させるというのか、…こころを見つめているのでしょう。

  2. 長谷川さんへ 長谷川さんは街歩きして すてきですね。昔、私も散歩が趣味でした。私の住んでいる家は山の近くの田舎の村にありますが、町まで片道1時間半(?)位掛けて何度か歩いて行ったこともあります。
    そうですよね、言われてみれば、歩いている時ってこころが解放されているような感じですかね。長谷川さんの言ってくれているように歩くという行為は、こころを見つめるのに最適なのでしょうね。
    長谷川さん、すてきなコメントをありがとうございます。

  3. 自分や自分の心を思って『空っぽ』に到達した時が自分にもあったなぁと思い出しながらシンパシーを感じながら読みました。
    座禅やヨガだけが瞑想ではなくて、お散歩やジョギングも実は本質は瞑想に近いのだなと最近感じます。
    詩と関係のないことを書いているようですが、僕にとってはこしごえさんのこの詩がそういう風に良く作用しました。

  4. あぶくもさんへ まず、あぶくもさんが、この詩にコメントをくれたことを貴重に思います。
    ああ、あぶくもさんにも、『空っぽ』になる時があったのですね。うん、そういう空っぽになる時って、もしかしたら誰にでもあるのかもしれませんね。
    はい、そうかも、あぶくもさんの言う通りで、座禅など以外にも そういう瞑想みたいな働きがあるのだということは あるのかもしれませんね。うん。
    いえいえ、この詩から あぶくもさんが自由に思い出したり感じたりして思ってくれて、あぶくもさんに この詩が良く作用したことをうれしく思います。
    あぶくもさん、すてきなコメントをありがとうございます。

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