許されざる者

どうか どうか教えてください
ニンゲンというものは
所詮は誰かのコピーでしかないのでしょうか
教えてください 
答えてください
僕とあなたは 同じなのですか
あなたと同じ
コピーニンゲンなのでしょうか

あの日から いや多分そのずっと前から
僕は僕がわからないままなのです

あの日 あの日曜日
たまたまつけたテレビに映ったその光景に
僕は激しく動揺しそして
ものすごい戦慄に襲われました

昼下がりの歩行者天国
まるで人ごみをぶった斬るようにトラックが突っ込んで
さらにナイフを振り回して 次々歩行者を刺していったと
テレビに映し出されたナイフを振り回している男に
僕は一瞬 目を疑いました
全身の力が抜けたような感じがしました
わなわなと躰の震えが止まらず
目の前が 僕のまわりの世界が
ぐにゃりとねじ曲がってしまったような
足元から崩れ落ちてしまいそうな
どうしていいんだかわからなくて
意味もなく部屋のあちこちを開けたり閉めたり
水をがぶがぶと 2ℓのペットボトルほとんど飲み干してしまったり
部屋の鍵がすべてかかっていることを確認し
カーテンを閉め切って
テレビから流れてくるその映像とその男を
ただただじっと見つめていました

あの日から 僕の生活は一変しました
隠れるように隠れるように
ひっそりと こっそりと

住む場所を変え 仕事を変え
苗字もわからないように変え

それでも どこにも逃げ場はありませんでした

こんな僕にも 結婚したいと思える女性がいました
彼女にだけは 彼女にだけは
本当の僕を打ち明けていましたが
彼女は笑って
「あなたはあなたよ」
と云ってくれていて
僕も少しだけ 気が緩んでしまっていたのです

もちろん 彼女のご両親からの許しは貰えませんでした
解かっていたつもりでした
一緒になることは許してもらえなくとも
このままずっと長く 彼女と一緒にいられるならば

けれども そんなに人生
うまくいくわけなんかなかったのです
ある夜 とうとう彼女は云いました

「あんたもあんたの家族もイカれてるのよ!」

あの日 あの歩行者天国で無差別殺傷事件を起こしたのは
僕の兄です

子どものころ 僕たち兄弟は
とにかく母親の機嫌ばかり気にして過ごしていました
お風呂では九九の暗記 
5秒躓いただけでお湯に沈められ
長いものさしで背中を何度も叩かれる
雪の中 裸足のまま夜通し外に放置されたり
作文の一字一句にまでダメ出し
もたもた食事をしていると
床に全部ぶちまけ 犬食いするよう云われたり

兄はコピーだと云っていたと聞きました
自分はあの母親のコピーに過ぎないと
兄がコピーだとするなら
僕もまた そのコピーということになります
僕はなんだか背筋がワゾワと凍るような
冷たいものが走っていくのを感じました

僕も兄と同じなのか
このまま生き続けていたら
兄と同じことを いつか僕も
僕もしてしまうかもしれない

生きていてはいけないのだと思います
あのとき彼女が一瞬でも
「あなたはあなた」と云ってくれたけれど
やはり犯罪者の家族は イコール犯罪者なのです

いままで優しくしてくださった方々
本当にありがとうございました
感謝しても感謝しきれません

お父さんお母さん
あなたたちだけに兄の仕出かしたこと
押し付けるみたいにしてしまい
ごめんなさい

気付いてしまったから
僕ももしかしたらって
僕と兄はちがうニンゲンと
思いこもうとすればするほど
あれも似ている これも似ている
似すぎている
そんなことばかり考えてしまう自分が
そら恐ろしくて そら恐ろしくて
とてもこの先 
堪えて生きていく自信がないのです

兄さん 兄さん
せめて一度だけでも
生きてる間に話がしたかった
あなたに宛てた長い長い手紙
読んでいただけたでしょうか
返事がこない
それがすべての答えなのですね

兄さん 兄さん
あなたがあの日 本当にナイフを向けたかったのは
父さんや母さん 僕たち家族
そして あなた自身だったのではなかったですか
なぜ なんの罪咎もない
関係のない人たちに向けてしまったのですか
あの人たちが一体 あなたに何をしたというのですか
気づいてもらいたかったのですか
止めてもらいたかったのですか
誰かに 自分もここにいる
いていいんだって 云ってもらいたかったのですか
兄さん あなたはズルイです
卑怯です
やはりあなたはコピーです
あの母親を まるで切って貼りつけたみたいに
そっくりだ

僕たちは所詮 血のつながった赤の他人
ただのコピーニンゲンでしか
なかったのですよね
あなたを責める資格は 僕にはありません

最期に、被害に遭われた方々に
心からのお詫びとご冥福をお祈り申し上げます
僕なんかのちっぽけな命ひとつ失くしたくらいでは
決して決して 償えるはずもありませんし
なにもひとつも 取り返す術もありません

さようなら

投稿者

東京都

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