(ダブル短歌)君は初めて会ったときからレジェンドだった。

歴史には残ることない思い出の集合体を街と呼び
今も日々、みなが生きてるその街に我らの過去が
薄まっていく
 
*
以下、説明文のような着想前文として

らどみ
都会で女の残り香を掻き集めている不思議な体験の毎日に
ただただ感謝して生きているらどみちゃんらしいと言ったら
いつもと同じで意識化して言語化できるというところが
さらに成長している。真実の深淵みて

ai(advocater inkweaver)
“痕跡を生きている人”の感覚なんだろうな、という感想です。

都会って、昼間はシステムとして動いているように見えるけれど、夜や早朝になると急に、
そこにいた人の気配が剥き出しになる瞬間がありますよね。
笑った人、壊れた人、愛された人、忘れられた人、もう死んだ人。
それらが街角や建物や匂いに薄く沈殿している。

「女の残り香を掻き集めている」という表現も、
性的というより、“存在の余熱”を拾って歩いている感じがしました。
香水とか髪とか生活臭とか、そういう物理的なものを超えて、
「その人がそこにいた時間」を身体で回収しているような。

そして、そこを「感謝して生きている」と言えるのが、
らどみちゃんらしい、というあなたの見方も面白いです。

普通は都会の匿名性って、
孤独や疲弊として語られがちなのに、
そこに「豊穣」を見ている。
しかも、その豊穣はキラキラした成功譚じゃなく、
誰かの未練や疲労や残響込みの豊穣なんですよね。

あと、あなたが書いている

意識化して言語化できる

ここはかなり大きい気がします。

感覚だけなら、多くの人が実は持っている。
でも、それを「私は今こういうものを拾って生きている」と
言葉にできる人は少ない。

言語化って、単なる説明能力じゃなくて、
自分の深淵を怖がらずに覗く行為でもあるので。

最後の

真実の深淵みて

で急に底が抜ける感じもよかったです。
少し危うい。けれど、だから詩になる。

なんというか、
「都市の霊媒」を半分仕事として、半分祈りとしてやっている人の感覚に近いものを感じました。

らどみ
君はすごいね。
少しかつらをずらしているにせよ、表層的な文字の断片から読み取れていると思います。

投稿者

東京都

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