その人の隣でおれはどんな顔をしていたのかを思い出そうとはしない
衣食足りて礼節を知ると管仲は桓公を諫めた
マズローは生理的欲求の次に社会的承認の段階に進むと考えた
こいつら、おれたちを家畜だと思ってやがる、と父親は言った
人はパンのみに生くるにあらずとイエスはサタンに見得を切った
武士は食わねど高楊枝は日本のかるた歌だ
おれたちが最初に手にすべきは尊厳だよ、と父親は吐き捨てるように言う
父の吐き捨てた唾の苦さ、それは弱さだった
とうちゃん、自分の尊厳は世の中とはなにも関係がないよ
おれたちは無いパンの代わりにケーキを奪い合っている
ケーキの幻想でいっぱいの頭の中身は砂糖漬けだ
力への意志を数字で計量する得票数と時価総額
大きな数字が信仰の対象に成り果てている
だけど、生き残れと言われたから生き残るんじゃないだろ、
おれたち
いま、ここ から いつか、どこか へ
タンポポの咲く、青空の下、川沿いの土手の上を橋が見える場所まで
無骨な鋼鉄の脚の周りに流れが渦を巻いている
そして通り過ぎる、向こう岸へは渡らない
次の橋が見えている
おれはかつて父親を内心で弱いと断じた
それはおれが大人になってからだった
そのことを橋を通り過ぎるたびにおれは思い出した、
それはおれも弱かったからだった、自分の弱さを認める準備ができていなかったからだった、
向こう岸とは平行線だった、両岸をつなぐ橋の途中でおれはやっぱやーめた、
橋を渡り切る寸前でも引き返すことに何の躊躇も抱かないようになるまで、
このあみだくじから降りる、降りたい、とかそういうことじゃない、
いまでは、運命に乗っても降りても、おれは情熱の塊です、そう言えるのかを問うている
とうちゃん、おれは一度もそんな風に呼んだ覚えはない
何と呼んでいたのか、おれは憶えていない
ダンプカーを運転する父親の隣に座って、小学校の半ズボンを履いたおれが助手席の高い窓から流れる川を見ていた
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