この追い風は
僕は近頃
追い風の中にいるため
恐れている
機嫌良く
風に押されていたら
崖の縁に立っている
そういうことに
成りはしないかと
やっぱりなと
安心したいがため
どこまでも続く青空に
雲の欠片を探している
楽しさはやがて儚く
霹靂は容赦無きようで
油断は思わぬ雷雨を招き
務めて肝要なるは用心
これはいわば経験則により
誰しも会得する心得と
僕は考えているが
貴方はどうですか
この追い風は
僕を何処へ
押い詰めるつもりなのか
突き落とされた先は
見はるかす花畑やも知れず
行く先をせめても夢見
しばしの順風に身を任せるも
僕はやはり恐れている
コメント
この詩を拝読して、思ったのは、次のことです。次のことは、極時々思うこと。
「何が災いするか分からない代わりに、何が幸いするか分からない。」と。
この詩から、あらためて、こう考えさせられます。
@こしごえ
様
コメントありがとうございます。
本当に、一寸先は闇か光か、私たちには分からない。どうせなら、良い方に掛けて、進みたいものですね。
いつの間にか、心を「ニュートラル」にして対処する癖がつきました。
風のままにゆったり流れる感じです。
つい調子に載る自分を戒めながら。
調子に載ってしまう若さもとても好きなのですが・・・汗
@風太郎
様
コメントありがとうございます。
無理に流れに逆らうと、歪みが出ることも、経験的に学んで行くことなのでしょうね。
若さの怖いもの知らず、私は通り越して、年々、怖いものだらけになっています…。
追い風が少し怖く感じるの、分かる気がします。背中を押してほしい時なのに
向かい風(逆風)のほうが頑張れるような、、、
風に自分を緩めて任せてみるのって、けっこう難しいことなんだなと。
風に乗ることは調子に乗ることと少し違うと分かっていながらも
なぜか振り返ってしまいます。
@kフウ
様
コメントありがとうございます。
とんとん拍子に上手くいくことは、あまりない、ということを、大人になるにつれ知っていくのでしょうかね。
向かい風、多少の障壁がある方が頑張れる、確かにそうですね。人間は押し返すものがある方が、力がでるのかも。なるほどです!