非線型方程式
零の命を
無限の死が
つなぐ
闇の中の黒いこおろぎ
ぷふい
と
埴谷雄高さんが
苦笑い
無辺の光
ささやく魂
青空の深奥の下
鬼やんまには
鬼やんまの
空の道があるのです
ふりかえり
現在を
遠く
未来の
今
あの人は
ほほえんで
みんなと
私
ぷふい
生きている
生きていた
大昔
むしとりあみを
持って
かけていく
*
*
*
*
*
※ 文中の「闇の中の黒いこおろぎ」というのは、埴谷雄高(はにや ゆたか)さんの著書『闇の中の黒い馬』(河出書房新社)のタイトルの言葉を 少し もじったものです。
更に、「ぷふい」という言葉は、同じく、埴谷雄高さんの著書『死霊(しれい)』(講談社文芸文庫)に出てくる登場人物の感嘆詞を引用したものです。ちなみに、『死霊』は、未刊の大作小説です。ハードカバーは九章まで、文庫版は3巻まで出ています。
ちなみに、埴谷雄高(はにや ゆたか)さんの本名は、般若 豊(はんにゃ ゆたか)と言います。本名のほうが、筆名みたいですよね。
コメント
こしごえさんの魂の世界と方程式、ベクトルは違うのに、溶け合って、なんとも味わい深い化学反応が起きている気がします。
一文一文が本当に素敵。時を超え、時代を超え、移ろいいくものたち。けれど、変わることなく、そこに確かにある、そんなものたち。
鬼やんまには
鬼やんまの
空の道があるのです
ここ、本当に素敵。
@たけだたもつ さん ありがとうございます。
非線型方程式について、自分なりに解釈して、書きました。この詩は、でも、5分位で書けたものです。
ここのところ、五行歌しか書いていなかったので、(自由詩は、いつもノート一ページ分の、35行と決めて書いています)久々に、新鮮な気持ちで書けました。
たもつさんの、素敵、素敵、というお言葉、ほんと励みになるし、とっても嬉しい。
家の周りや、自分ちのお墓の周りの水路などで、よく鬼やんまを見かけます。それらの鬼やんまには、それぞれに、決まった順路があるようで、決まった空の道があるみたい。これは、実際のこと。ふふ。
なるほど、みんなよくわからないお題を自分のフィールドに落とし込むの上手いなあ。もちろんこしごえさんも。「ぷふい」というオノマトペが効いてますね。
@トノモトショウ さん ありがとうございます。
ああ、トノモトさんが、そう言ってくれて、ありがたいです。うん、検索しただけじゃ、全く分からなかったので、マイクロソフトのAI「コパイロット」さんに、「非線型方程式」について質問して、説明してもらったんですよ。そこから、自分なりに 非線型方程式というのを解釈して、この詩を私が書きました。
たもつさんにもさっき言いましたが、この詩は、5分位で書けたものです。こんな短い時間で書けたのは、私にしては、非常に珍しい。ふふ。
以下は、詩本文の下に、追記した物です。
※ 文中の「闇の中の黒いこおろぎ」というのは、埴谷雄高(はにや ゆたか)さんの著書『闇の中の黒い馬』(河出書房新社)のタイトルの言葉を 少し もじったものです。
更に、「ぷふい」という言葉は、同じく、埴谷雄高さんの著書『死霊(しれい)』(講談社文芸文庫)に出てくる登場人物の感嘆詞を引用したものです。ちなみに、『死霊』は、未完の大作小説です。ハードカバーは九章まで、文庫版は3巻まで出ています。
ああ、私も
”
鬼やんまには
鬼やんまの
空の道があるのです
”
ここが好きです。
そして、最後にかけていくところが、期待やさみしさに似て心がふくらみました。
@たちばなまこと さん ありがとうございます。
ああ、そうですかあ。ふふ。
鬼やんまは、「鬼」なのに、「空の道」を持っているんですよねぇ。たぶん、「非線型方程式」だからかな。
そこが、好き、と 言ってくれて、嬉しく ありがたいです。
ふふふ。おお、かけていく、ところで、そのように、心がふくらんだとのこと。そこは、今から何十年も昔の私が幼少だった頃のことが思い浮かんで、書いたところです。
以下は、たちばなまことさんの宣伝のコピペです。
*
はい。引き続きお知らせです。
夏休みに題名を同じくした詩を皆で書きませんかというお誘いです。
拡散大歓迎!
前のお知らせを読んでいない方は何が起きているんだという感じですよね。
-:-:-:-:-:-:-:-:-
お題『非線型方程式』
※二重鉤括弧は含まれず
期間は今日8/9〈日)〜8/23(日)くらいでしょうか。
(那津さんには公認頂いています)
-:-:-:-:-:-:-:-:-
前回は(え、3年前?)『1829』というお題で大いに盛り上がりました。
是非お気軽にご参加ください☆
わたくし、非線型方程式のお題の詩は必ず読んでコメント(感想)書きますね!
@トノモトショウ さん ちなみに、埴谷雄高(はにや ゆたか)さんの本名は、般若 豊(はんにゃ ゆたか)と言います。本名のほうが、筆名みたいですよね。
(笑)、俺も誤解しながら死んでゆくタイプです
まず吹き出しました
あー死が無限なんだぁ、宇宙やー
冒頭の宣言から展開してゆく世界がこしごえさんの真骨頂といいますか、何とも素敵で、しっかりと自分の非線型方程式の解釈となっているところがすごいなぁと思います。またみなさんとのコメントのやりとりから、これを5分で書かれるという離れ技と言いますか、大いなるものとつながる方程式なのかと思えました。
夏を精一杯生きてやがて夏と一緒に朽ちていく運命を見つめているような。
そんな読後感でした。
鬼やんまが素敵です。
@那津na2 さん ありがとうございます。
ふふ、そうなんですね。うん。吹き出してくれて ありがとうさま。まあ、「非線型方程式」という方程式について、全く分かってないことは、上記の皆様への、コメントで述べた通りです。まあ、自分なりに、自分なりに解釈したまで。ふふ。
>あー死が無限なんだぁ、宇宙やー
ふふ、たぶん、それも、非線型方程式?だからなんだと思います。うん。(汗。ふふ。
@あぶくも さん ありがとうございます。
一連目は、蛇足かな?とも(も)、思ったけど、(非線型方程式を理解してない)私の場合、必要な言葉かな、と思って、そのままにした次第。それなのに、「あっぱれ」というのは、非線型方程式?だからこそ、なのかな、と。
うん。そうですねぇ。5分位で書けたのは、自分としては、極珍しい方で、この詩に関しては、ふしぎとすんなり書けました。うん。ふふ。
@あまね さん ありがとうございます。
おお、あまねさんが、この詩から、運命を感じてくれて、ありがたいです。
そう、そうですねぇ、個人的には、朽ちていく自分などを、私は、受け入れながら、暮らしているところがありますね。
死ぬことは、絶対的に、決まっていることですもんね。死ぬことを、受け入れて、生きているほうが、ある意味、安心ですから。
前にも、言ったことがあるかもしれませんが、禅僧の南直哉(みなみ じきさい)さんと 脳科学者の茂木健一郎さんの主に対談形式の共著『人は死ぬから生きられる』(新潮新書)で、南さんが、言っています。「人は死ぬから生きられる」と。私にとっては、この言葉は、生きるための、こころの支えに(時々)なってます。うん。
鬼やんま、素敵、と言ってくれて、嬉しいです。
ちなみに、鬼やんまのことにも 詳しくないけど、鬼やんまさん 好きなんです。ふふふ。
今、一連目を削除しました。拝礼
以下、その一連目だった部分。
非線型方程式について私は、
誤解したまま
死んでゆくのであった。
あああっぱれ
こしごえさんの詩には、いつもこしごえさんのやさしさが揺蕩っていて
それをいつも飲み込むように読むのです
空の道をただただ見上げています。
埴谷雄高はこのように詩に「ぷぷい」を使ってもらって喜んでいることでしょう死霊となった今でも。こしごえさんの達観にぴったりの印象的なフレーズになっていますよね。
@イチカワナツコ さん ありがとうございます。
ふふふ。ああ、ありがとうさま。
ナツコさんが、そう言ってくれて 嬉しい。
でもですね、私は、さびしいから、人に優しくしているんだと思う。これは、『ほんとうの』優しさとは ちがうんではないか、と思います。
若い頃は、どうだったか忘れましたが、年を取ったせいか、さびしさを実感するようになりました。
私は、たぶん、優しい奴ではない。ただ、因果的必然の世界という自然が好きなだけ なんだと思います。うん。
でも、
ナツコさんが、そのように私の詩を、読んでくれて、貴重に思います。
@wc. さん ありがとうございます。
先に、
たもつさんにも言いましたが。
鬼やんまには、鬼やんまの順路みたいな空の道があるようです。鬼やんまを、私の家の周りや、私の家のお墓のワキの水路などで 見掛けるんですが、それぞれの鬼やんまには、それぞれに決まった空の道があるようです。
でも、それを詩的に、鬼やんまは、鬼なのに、空の道 を持っているところに、詩的飛躍があるんじゃないかなあ、と思うんです。まあ、自分で言うのも何なんですが。ふふ。
@たかぼ さん ありがとうございます。
たかぼさんに、そう言ってもらえて 良かったです。
(何かで読みましたが、埴谷さんは、自分が呼ばれる時に「埴谷先生」とか「埴谷様」とか言われるのを嫌っていたようですので、さん付けで呼んでます。) 埴谷さんの「ぷふい」には、色々に複雑なニュアンスの意味があるようですね。
埴谷さんの写真が表紙になっている埴谷さんの『生命・宇宙・人類』という本を自室のロータイプデスクの奥にある飾り棚に置いて、飾っています。
埴谷雄高さんの言葉で、「さて、自然は自然に於いて衰頽することはあるまい。」という言葉が好きです。(埴谷雄高さんの著書『不合理ゆえに吾信ず』(現代思潮社)内。あと、うろ覚えですが、この言葉は、埴谷雄高さんの著書『死霊(しれい)』(講談社文芸文庫)内にも出てきてた かも。)
埴谷さんを知ったのは、(埴谷さんが、亡くなったのが、1997年の2月19日(アンドロメダ忌)だったので、たぶん)1998年?の頃だっかに放送された追悼番組をたまたま見て知ったのです。ある意味、私にとっては、運命的な出会いだった、と思います。
ぷふい。
「わびさび」→ https://wabisabi.base44.app/ というサイトの宣伝です。
5・7・5の 十七 文字の 自由な 文を 投稿するサイトです。
あとは、本サイトを 実際に ご覧になって、雰囲気とかを ご確認ください。
このサイトの管理人は、詩人の トノモトショウさんです。
私も、このサイトに 先日から参加してます。
よろしくお願い致します。拝礼
たしかに鬼やんまの道ってなんか勝手に修羅の道みたいに思えて面白い。とんぼなのにね。
それにしてもこしごえさん、このタイトルをよく無理なくこしごえさんにしたよね。
インスピレーションというかインスパイアというか、無限を感じますね。
虫取り網をかかえてた少年少女は今はどんな道を歩んでいるんだろうか
@王殺し さん コメントを ありがとうございます。
鬼やんまは、鬼ですもんね。でも、空の道、なんですよね。ここも、非線型方程式、故なのかも。ふふ。
王殺しさんが、無限をこの詩から、感じてくれて、ありがたいです。そういう物にしたかったので。
かけていく(駆けていく・欠けていく)とかね。でも、答は、出ないかもしれません。