浪漫について
今夜は、いつもの夜とは違う。
いつもなら、
こんなにも深い思いを抱くことはなかった。
遠いところへ来たわけではない。
ただ九州へ、
山口のすぐ近くにある北九州へ来ただけだ。
ふと、昔のことを思い出す。
遠い近畿から中国地方へ、
一日のうちに行って、
また帰ってくる。
そんな旅を、
私は何度もしてきた。
道の途中、
一面に広がる桜の森を見たわけではない。
ときどき海が見え、
ときどき車窓の中で
詩を書きたいと思った。
私はいつも、
旅の遠さにため息をついていた。
けれど、忘れていた。
詩を書くことも、
旅をすることも、
きっと同じなのだ。
知らないものが、
少しずつ、
馴染んでゆく。
遠いものが、
いつか自分のものになってゆく。
私は風花雪月を綴った文章を読んできた。
それはきっと、
今の私の年頃に許されたものなのだろう。
私は旅を重ねるたび、
その道の途中で見たものについて、
考えたことを書き留めてきた。
ときには、
物のあわれにため息をつく。
けれど、その哀しみに
花は要らないこともある。
なぜなら、花はもう、
孤島の秋の池に
すっかり散り敷いているから。
私は、その孤島の主人だ。
遠い、遠い場所へと追いやられることの
悲しみを知っている。
十代の頃から、
私はまるで孤島だった。
島の外では、
人々が夜ごと宴に明け暮れ、
灯りの中で笑い声を重ねている。
私はただ、
十代の頃から少しばかり
敏感すぎる子どもだった。
落ち葉を愛した。
池の水を愛した。
眠れない夜のあとに、
私に残されていたものは
それだけだったから。
ふと目を覚ますと、
今夜も池の水には
花びらが降り積もっている。
そうして私はまた、
池のほとりで
声を上げて歌うことができる。
書き終えることのない詩があり、
語り尽くすことのできない言葉がある。
私は自分を、
ひとつの島のように思う。
閉ざされているのに、
どこか鮮やかで、
沈黙しているのに、
どこかひどく賑やかな、
うまく言葉では言い表せない島。
人は言う。
「あなたには、
あなた自身の精神世界がある」と。
けれど私は、
ただ、あまり島の外へ出ないだけなのだと思う。
だから少しだけ、
世の中とは違って見えるのだろう。
私は知っている。
私は、彼らに劣っているわけではない。
ただ、ときどき
あまりにも敏感になってしまう。
そして自分自身を、
桜だけが咲く世界へ
連れて行ってしまう。
遠い、遠いところから
この島へやって来る人々は、
まだ島が見えないほど遠くからでも、
その花の香りを
感じることができるだろう。
それは、
この風花雪月の季節に生きる私の、
私自身であり、
また憧れでもある。
私は島の上から、
遠くを見つめている。
いつか私のための蘭舟が、
夜の中から
静かにやって来るのを。
そのときこそ、
私の思いはもっとも深くなり、
私はもっとも多情になるのだろう。
私はその舟のために、
夜の歌を歌う。
けれど、知っておかなければならない。
この夜は、
私だけのものではない。
それは、
浪漫を胸に抱く
数えきれないほどの若者たちの夜でもある。
人生でいちばん多情で、
いちばん無垢に夢を見る年頃に、
彼らもまた、
自分だけの人生の浪漫を
書いている。
だから私も、
私自身の答えを書こうと思う。
人間には、
浪漫がなければならない。
そして――
浪漫には、
人間がなければならない。
コメント
一気に引き込まれました!
こんな名刺になるような詩が書けることに静かな感動を覚えます。
最近サイトを訪れておりませんでしたが、この詩を読んでまた遡っていろいろ読みたいです。