夢
人がテレビとなり
画面の中で
テレビのお話をする
音が出ないことは
蝉の鳴き声
薬のカプセルに
夏の匂いを閉じ込めたまま
二度と取り出せなくなった
漂う「商い中」の看板を
見ているうちに大人になって
そのまま誰かになりたかった
潮風の万年筆で名前を書くと
空色の歯車が
ひとつ余った
次第に大きくなる予報円の中で
恋人たちは恋に夢中になり
この拙い尻尾を踏んで
自分たちが収まる本棚の
色と形を決めている
残されたものが後悔だけならば
後悔だけを抱いて眠る
すべてが夢であるような
たぶん夢を見ていた
コメント
夢の中を漂うような言葉の連なりが心地よく、どこか切なくて。「空色の歯車がひとつ余った」が特に好きでした。
寄せ句
ドラえもん取り敢えず夢、ゆめありき https://wabisabi.base44.app/haiku/6a98a141cf7d2e58ae7ac67a
@あまね
あまねさん、コメントありがとうございます。
ふわふわとした生活の中で、落ちていかないように現実の端っこにつかまっているような毎日です。
@足立らどみ
らどみさん、寄せ句ありがとうございます。
らどみさん ドラミとばかり 思ってた
あると思います。
@たけだたもつ さん
なんか、すべての出来事も裏から見ると、こんなにも違って見えるんだなぁと思わせてくれる詩ですね。良い夢も、悪い夢も。
@3.5代目はリハッチャン
3.5代目はリハッチャンさん、コメントありがとうございます。
すべての出来事を裏から見る、とコメントをいただき、夢の裏側はどうなっているのだろう、とずっと考えていました。
夢の舞台裏、というか。脚本家とか監督とか照明さんなんかがいて、一本の夢を上映しているのだろうか、とか。
そもそも、夢を見る、というけれど、目を瞑っているので、目で見ているわけではない、それは脳の中で視覚情報として処理されている。
実際に目で見ていることも脳で補正されているので、この目で見る、ということも実に不確かですね。
なんか、そんなことをずっと考えていました。
ありがとうございました。
夢は、何というのかな、可能性がありますよね。どこでどうなるか、わからない。でも、何とか収まってしまう。良くも悪くも、可能性。
潮風の万年筆で名前を書くと
空色の歯車が
ひとつ余った
このフレーズ、好きです。
いったりきたりしながら読みました。
@長谷川 忍
長谷川忍さん、コメントありがとうございます。
何とか収まってしまう、というのは、ああ、なるほどなあ、と思います。
結局、夢は自分の体内(脳内)で起こっていることだから、気分や直観には影響を与えることはあっても、夢の中の諸事情に振り回されることなく過ごすことができる。
数少ないイベントのひとつかな、などと思っています。
@timoleon
timoleonさん、コメントありがとうございます。
timoleonさんがいったりきたりしている様子が目に浮かびます。
その続きが夢で見られるように明晰夢を何とか取得できるよう、頑張ります。
絵画だなぁって思うんですよ。
美術館でしばらく眺めてしまう感覚に似ています。
@たちばなまこと
たちばなまことさん、コメントありがとうございます。
絵はまったく描けなくて人の顔は正面から描けないし、犬の絵は足が四本並びます。
そのくせ絵を見るのが好きで、美術館から何時間でもいられます。絵の筆のタッチを一つ一つを見るのが大好きで一枚の絵を見るのに何十分もかかってしまう、、、
あんな風に描けたら面白いのだろうな。
こんな夢ならずっと覚めずに見ていたい、そう思わせる詩だと思います。最後のすべてが夢であるような多分夢、という覚めた感覚がまた印象的です。
@あぶくも
あぶくもさん、コメントありがとうございます。
夢が覚めた時の儚さ、ってありますよね。
良い夢から覚めた時の余韻とがっかり感。何だか現の世界でも夢のような瞬間があったり。