逆峰


と死
二つの
合わせ鏡
置いて反射
底知れぬ体力
いつ果てるとも
繰り返し繰り返し
しゃべる壊れた玩具
詩ぬ詩ぬ詩ぬと四回目
物言わぬ肉袋 横たわる
            光
頂上直下のラストの登り
標高差千五百米ほどの
長く険しい道のりの
森林限界を越える
死んでもいいと
ひとりごちる
えもいえぬ
万詩に値
粟立つ
此処

投稿者

千葉県

コメント

  1. 全体的に、緊張感のある詩行。
    その中でも、
    以下の、部分が、こころに強く訴え掛けます。

    長く険しい道のりの
    森林限界を越える
    死んでもいいと
    ひとりごちる

    死んでもいい、というのは、私も時々思うことです。けれど、そう思うことは、罰当りなことでも(も)ある。生きていられるだけでも、ありがたい、と思う時があるからです。
    でも、でもね。夢は沢山叶ったし、特に思い残すことも無い。だから、正直、いつ死んでもいいんですよねぇ。ふふふ。
    まあ、罰当りですよ。むしろ、死にたいけれど、自殺は、これという理由は(は)無く、なんか、なんか 嫌です。自殺 できない のならば、とことん 生きろ、と自戒を持って、自分に言う時もあります。うん。生きるぞ、と。ふふふ。ああ。

    あぶくもさん、ある意味、すごい詩を書いてくれて、ありがとうさま。ふふ。

  2. 高低逆から読んでも成立して、意味合いが組み変わる感覚を体験しました。
    自分の場合、目指すか乗り越える対象があって、道のりがキツいときに詩ぬ詩ぬ詩ぬって脳内再生されます。しんでもいいとは思ったことなくて、感じられるならそれも体験してみたいです。

  3. これ理想は縦書きにしたいとこでしょー? 穴の底に光があるように。

  4. 私は登山はしたことがないですし、この年齢になってみると、体力的にもしたいとは思いませんが、それでももう少し若いころは、スキーが趣味でしたので、登山といえばリフトでも登山には違いありませんが、それで森林限界を超えると、さすがに凄い景色だなと感動したものです。突然まわりの音が消える感覚です。森林もなく、どこまでも続く白一色。空は晴天だったりする。そして無風で無音。この世のものとは思えませんね。死んでもよいとは思いませんでしたが死んだのかと思いましたよ。この詩を読んでふとそんなことを思い出しました。

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