書けない手紙
釣りの帰り道
母に教えてもらった住所の近くを通った
セリさんに手紙を書けない3度目の夏の終焉
大人になって安心してた27
ミッキーのスウェットの30の女の子
私の方がお姉さんに見えた
4人でごはんを食べて
最後に会った夏だった
お昼寝に招かれるのが嫌で
その前にアイスを食べよう
その前に絵の続きを塗ろう
お買い物は間に合ってるの
お掃除を手伝おうか
ひとりで公園に行こうかな
大人を困らせた
13のお姉さんの下着の中
肌理 透明度 かたくなった先っぽ
捨ててしまいたい
砕けたとしても
変容しただけの
在処を移しただけの
束の間さよならしたかった
来年の夏も再来年の夏も
おばあちゃんになっても
書けない手紙
セリさんは知らない
* – * – * – *
このときのセリさん。
コメント
わたしは書けない手紙を詩のようなものに
託しているだけなのかもとふと思いました。
返す句
五味八珍 彼女と食した 秋の夜 らどみ
時の流れの中で消えていくものもある。でもいつまでも消えることができないものもある。
消えてほしくないものはどんどん薄れていくのに、消えてほしいものは鮮明に残ったりします。
不可逆と可逆の混合がある。
そんな時の流れについて思いをはせました。
この詩とリンク先の詩(いいねなどしてあった)を拝読して、思うことは。
手紙というものには、ふしぎな力があると、思います。
最近は、葉書は書いても、手紙は滅多に書かなくなりました。今は亡き、ある詩人であり画家でもあったM.N.さんと、ある時期から最期まで、文通をしていた。その人の手紙は、手紙入れ宝箱にしまってあります。とても大切で、大切な悲しみです。
書けない手紙。思いは、あふれるけれど、どうしても、書けない手紙も、ありますね。それも、とても大切で、大切な悲しみ なんだと思います。
そういうものは、ありますね。置いてきたもの。いつまでも残ってしまう。このままうやむやになって、忘れてくれたらいいのに。故郷については、私も複雑な思いです。
情感豊かな郷里の憶い出。書けない手紙、自分にもあるかなー。ミリちゃん、セリさんが出てくる小説を読んだような気持ちになります。
@足立らどみ
さん
“書けない手紙を〜託している…”
共感しました。
五味八珍は検索したらファミレスが出てきました。ファミレス好きなんで行ってみたいです。
@あまね
さん
日々に全てが同時に存在して、遠近、拡大縮小、みたいな変化を各自意思に反して好き勝手しています。
親しみに触れた後少しだけ自分のかけらを親愛に浸潤させてみたくなりました。
消せたら、せめて忘れられたらいいのにねー。
@こしごえ
さん
ああ、文通っていいものですよね。
この詩に出てきた女の子は字がとても上手で、よく手紙をもらったことを思い出しました。いつも最後の方で字が乱れるんです。私が不精して返事を書かないでいると、電話で催促されたり。
大切な悲しみ、そうなのかもしれません。
私のそれは時々鎖のようでもあります。
@花巻まりか
さん
ありますよね。あります。
置いてきたいのについてきちゃう。仕事にも飲み会にもデートにも。
故郷が幾つかあるタイプの人生ですが、こちらは中でも複雑な故郷です。
@あぶくも
さん
これを書きながら小説っぽいなぁって自分でも。いっそ小説やエッセイなどの散文にして不特定多数に読んでもらうとひとつの救いを得るのかもです。
憶い出という表現、しっくりきました。
前作と今作を通じて、同じ日本人なので、それこそ同じ人間なので、しかも同時代の、たちばなさんも私も似たような人間関係の中で生きているのだなと感じました。詩ですので、そこから明白な人間関係図を知ることはできませんが、おそらくたちばなさんの親戚の一家との関係なんだろうなと思いました。そういう身近なところにも、人ぞれぞれいろいろな軋轢や愛情でつながっているのだなと思いました。そしてこれはやはり小説やエッセイではなく、詩であるからこその情感というものがあるのだなと思いました。
過去に戻れないため、心残りは後悔となって、なかなか消えません。また、自分一人の解決も、私は身勝手なような気がして…。考えさせられます。考えても、わからないですが…。
人間て、簡単にはいかないものですね。
@たかぼ
さん
Dr.の “似たような人間関係” にとても反応しております。むむ。
これは詩ではありますが確かに親戚のことを書いています。
詩の面白みの一部としては
・いかに想像させるか
・比喩を転がす
などがあります。
ぽえ会の面白みの一部としては
・コメント(感想)の往来から新しい他者の詩の言葉や自分の詩の言葉が発生すること
などがあります。
そうか、軋轢と愛情だなあ…と暮れてゆく今日の空を見上げたりしました。
(噛み締め)
@野鳥倶楽部
さん
次元としては過去には戻れませんし変えられませんが、詩の中で変えてしまうことはあります。それが何かを揺るがすきっかけになるのなら他にとって身勝手だとしても全然アリなんじゃ、と思いました。考えてくださりありがとうございます。(嬉しかったです)
@たちばなまこと
様
重ねて、失礼致します。
全然アリのお言葉、希望として受け取りました。ありがとうございます。
書けない手紙もまた、誰かに向けられた手紙、届かない手紙だけれど、思い溢れる大切な手紙、と感じました。
@たちばなまこと さん
何度も読んで、ようやく少し繋がった気がしました。長文ですみませんが。
現在はミリちゃんが何もできない状態にあって、結果として姉のセリさんを困らせてしまっている(?)。同じ「大人を困らせる」でも、まるで正反対で、とても切なく感じました。
「13のお姉さんの下着の中」からは、幼い頃に「見ちゃいけないものを見てしまった」怖さと、現在もまた、今度は目で見るのではなく、想像通りの状態を知ってしまうことへの怖さが重なっているのかなぁ、と感じました。
だから「お元気ですか」なんて、簡単には書けないでしょうね。私も書けませんよ。
10歳の頃の「ずっとだよ」を思い出すほど、現在の「書けない手紙」との落差が、とても切なかったです。
そして、この類の「不意打ちポエム」、困るよー。帰りの電車で、溢れないように唇噛み締めながら、ずっと電車の明かりを見ちゃうじゃない。周りからは「変な奴」と思われちゃうじゃないですかぁ。
追伸、大谷地バスターミナルをwikiっちゃいました。ターミナルの前にある信号機、北海道を象徴してますね。
3.5代目
@野鳥倶楽部
さん
(様だなんてそんなっ)
思い溢れる手紙、そんな風に感じて頂けて嬉しいです。何より読んでくださったことが嬉しいです。
希望は“ここ“に絞らなくてもいいのかもなぁと、私なりにゆるく構えてみています。
@3.5代目はリハッチャン
さん(メンションのリンクは、名前の後に半角スペースを入れるか、改行すると反映されますよ)
頂いたコメント、にこにこしながら拝読しました。困るよー、が最高の褒め言葉できゅんとします。とても読んでくださって理解しようとしてくださることに嬉し涙です。
ずっとだよ、の気持ちもあるし、会いたくないなー、の気持ちもあります。追憶の方の登場人物には理由を一生言わないつもりです。よって、セリさんが困ることは無いと思います。
札幌は雪が多いので信号機が縦型なんですよね。
下着の中の件につきましては私は受けた側なんであれなんですけど倫理的にあれですし皆さんに読ませるには重いのであえてチラ見せ的に書きました。(あと、自身が思い出すとおえーってなっちゃうんで)
兎にも角にもコメント頂いたこと、嬉しかったです。ありがとうございます。よかったらまた。(←図々しい)
のどの奥になにか刺さったままのような、取り返しがつかないことだし済んだことなのに牛のように反芻してしまうような。 人の時間はとても短いのだけど、今となってはやっぱ人生としか呼べない長い時間だというような。
もちろんたちばなさんの生きてきた今までと僕のそれとは違う。誰もが違う。
でも人は皆違う時間を生きているはずなのだけど、胸の奥、記憶の奥に同じ苦さや痛みやうしろめたさ、そしてなんともいえない愛おしさだったりが詩を読んで自分事のようにおきかえられる。この詩の具体的な情景や人名は自分とは交わらないのだけど、だからそれはたちばなさんのものだけど、その切り取り方と事実を描写しないことで多くの人(もちろん僕)の感情が揺らされました。そういう詩でした。
たまりません。
@王殺し
さん
見せたこと、ごめんなさい。そして親愛なる分析のような剥き出し(なのかな)のお言葉の数々、ありがとうございます。
事情があるから配慮することと傷付けられていいかは別なんですけどね、子どもじゃわかんないですよね。
手紙を書かなきゃいけないわけじゃないんですけど大叔母のお線香はあげたく、でも行ったら具合悪くなりそうとか来てほしくないかもとかべろべろ考えてます。
周りから見たら薄情なんだろうなぁ。
たまりませんってとても嬉しいです。
思い出は、切なさ、苦さがありますね。「手紙」が上手い暗喩になっていると思います。郷里というのは、不思議な存在でもあるのかな。
@長谷川 忍
さん
詩では郷里のなかでも概念的なものを扱っていますが多くの暗喩や置換があるものと思います。切なさや苦さを感じてくださって嬉しいです。
読めて良かったです。
セリさんてどういう方で
日々どんな天気だったのか
かけことばは
ともかく。
@wc.
さん
嬉しいです。読めて良かったですか、ありがとうございます。
語り手もセリさんのことはよく知らないのです。
でも、ご苦労されていると思います。
だから書かないと決めた手紙もあります。