ボヴァリー夫人の排泄のない生活
恵まれている人は
浸れない
リベラル的な物語
栄養失調、恵みの雨
欠乏満たせば
天国か、そこは?
自らに欠乏をどうにか見出して
それを後生大事に抱え
金閣寺を焼いても
国宝リストと書かれた紙から
消されるだけさ
死なないだけましだ
21世紀に入って
栄養失調よりも
肥満の方が多いらしい
では、どうするのだ?
与えることより
奪うのは大変だ
暴力だ!
そう言われちゃ何もできない
あぁ神経症だ
形而上学的なカルテを書いてくれ
爆破するまで諦めないのか
ボヴァリー夫人
彼女にとっては、
この現実は
卑猥な歌だ。
コメント
ボヴァリー夫人を昔読みました。彼女を蝕む虚栄は、まさに現代のSNS時代にあちこち見られます。いや今こそ現実と離れ肥大化した理想に、爆発するまで華やかさを追い求めるのでしょう。
時代が進み、世の中は格段と豊かになった。でも人々はネットの向こうの理想と自分の現実を比べ、勝手に絶望していく。まさに死にいたる病、そんなことをこの詩を読んで思いました。
コメントありがとうございます。キルケゴールの『死に至る病』でいう「無限性の絶望」ですね。私が本詩を書くにあたって、イメージしたのは少女漫画でした。以前からやりたかったテーマだったのですが、決め手に欠けると思っていたところで、ボヴァリー夫人と出会いました。ただ自分で書いておきながら少し引っかかるところがあるのです。それは無限性を嫌いすぎても詩は書けないのではないか、ということです。数百年前、千年前の詩に対して、映像プロパガンダだ!なんて言いたくはない。それはそれで美しいと言えるようになりたい。そんなことを、割と切実に考えてるこの頃です。長文失礼しました。