みにくいアヒルたちの子
昔いじめられてた子が金融コンサルで成功して有名な業界人になった
おれはその頃、いじめている側もいじめられている側も迷惑だと思っていた
大学を卒業して都会の普通の会社に就職できただけで自分をエリートのように感じられた、
その頃の世間は就職氷河期だったから、
おれは内心、自分を勝ち組だと感じていた、そこから転落しないことだけが
自分の芯のなさから目を逸らすためだけに30年近くを費やしてきた
会社が外資に買収されて早期退職のリストに載ったおれは
いじめていた子が顔役になっている地元に戻った
自動車修理工場とパチンコ屋では誰もおれの名前を呼ばなかったし、おれもあんたがたとは無関係だという顔をした
地元に残ったということだけで見下していた人間に愛想を振りまくにはどうしたらいいか、おれには分からなかったし、
地元に戻ったということだけでおれに関心を寄せるほど暇な人間も地元にはいなかった
地元の利権は分配済みだ、余剰はない
地元では人とのつながりだけがカネと安心の基盤だった、そのネットワークにいまさらおれが入り込む余地はない
だが、おれには長年の投資で積み立てたそこそこの資産があり、妻はフリーの編集者で娘は都内の大学に通っていた
おれは一人で地元に戻って駅近くのアパートを借りた
自身の少年時代に見て見ぬ振りの愚かさに気づけなかったこの場所で何かを取り戻したいと思っていたおれは、
駅裏でタバコを吸う少年たちに大麻を渡して言った
こっちの方が健康にいいよ
少年たちは大麻の入ったジップロックを受け取ると黙っておれに頭を下げて自転車に乗って去っていった
何度か繰り返せば仲良くなれるだろうと思い、次の晩も小分けした大麻を持って駅裏に向かう
少年たちはタバコも大麻も吸わずに街灯の下にかたまって立っていた。光の輪の中にいなければたいへんなことになるとでもいうような恐れを抱いていた
おまえね、ダメじゃないか
暗がりから現れた顔役の元いじめっ子がおれと少年たちの間に割って入る
少年たちはめいめい手袋をした手に金属バットを握った
懐かしいなあ、最近見かけていつか話したいなって思ってたんだよ、そしたらさ、これナニ?
少年たちに昨日渡した大麻の袋を指先でつまんでプラプラさせる
おまえ、名前なんだっけ?
顔役になっていた元いじめっ子は少年たちを手招きする
頭は避けてね、手首はしっかり固めて、そう、やってみて
おれは少年たちに袋叩きにされながら
子供時代に見た野生の王国という番組を思い出していた
サバンナではライオンの仔たちが狩りを教えられていた
おれはこの身体の痛みをこそ覚えておこう、苛烈な暴力にさらされた者たちだけが抵抗の権利を持つのだ
おれは復讐の権利を取り戻しに帰ってきたんだ
冷たく固いアスファルトの上に這いつくばったおれの後頭部でごつん、と音がした
ホントに最近の子供たちはすぐやりすぎちゃう、余白っちゅうもんがないから
顔役になっていた元いじめっ子は死んだおれを見下ろしながら言った
なあ、名前、なんだったかな
死んだおれも自分の名前を思い出せなかった
コメント
いやいやいや、これはまた、ゼッケンさんの詩の中では最も救いがないと言ってもよいかも。しかしこれはこれでゼッケンさんの最右翼の詩として長く印象的であり続けるでしょう。
なんてこった、読まされちゃったな。
見て見ぬふりの果てには抵抗の権利や復讐の権利も残っていなかったか。もちろん名前すらも。それでも見て見ぬふりを続けるかな。
おれは平均より少しいい奴なのに、それがあだとなり悲劇を招くという、悲しい話ですね。何が悪かったかと考えるんだけど、その貧しい土地で生まれてしまったことなんだな。決められてるんですよね。いじめられた奴も生まれた時からいじめられて人当たりの良いサイコパス気味のコンサルになる運命。運命の話だと思った。
細かい心理描写も面白かったです。男あるあるだなと思いました。一旦捨てた地元、なのに何かを取り戻さないとと思わせる地元…でもやっぱり変わってない地元。大人になったおれにはあの頃見えなかったものまで見えてきて。東京に居場所がないなら地元にあるわけがないんだよね。ゼッケンさんはいつも男の話を書いてますね。長くなりすいません
いじめられて成功した奴みたいに復讐の権利を手に入れたいと思ったのは、自分もそうなりたかったからなのか、罪滅ぼしなのか…。いづれにせよ、平均よりいい奴なんだけど思考が浅ましいよね。自分みたいに感じる。それぞれの人生の上がり方。方々からえぐってくる詩です。