地震とは自尊心への傷の反対の自信
地震とは自尊心への傷の反対の自信
全ての神々の脅威にすらならない天災の力を得た凡人らの
長かったネット時代は破壊と新生を是とした2026年までの
思考(contemporaryの藝術家やどこぞの大統領など)と
一緒に終焉を迎えようとしてる
その先の薄墨色した風景から立ち上がる未来にすでに
先進国諸国の大都市で雄弁に語る自信に満ちた知識人とは別で
北国の片隅で生きていた私たちは結論の前には無言のまま
ただ藝術の破壊性まではこれだけ繰り返されれば
だれでもわかることの先なのに藝術家も答えを見失い
破壊によって新しさを証明する時代はすでに終わって久しく
美と醜のはざまで生き続けている今人の一生などは
深いととるのか或いはつまらなきものなのかなんてこと
別の次元の未来人にしか理解できないのかもしれない か
私たちはそれをもそうとも思っていないはずなのに不思議
コメント
この詩は、文章的には、私には難しい。難しいのですが、詩的には、直感で、おお、スゴイ詩だ、となります。
@こしごえ さん、コメありがとうございます。
わたしもふつうに読んでみるとなに描きたかったのか
さっぱりわからないので、そんなものなのかもですね
ただどこかで謎の詩音が鳴っているのでしたら嬉しい
詩人では無いわたし自身もなにか伝えたい何かを感じ
ときに言語化し常識の場合は違う角度を探しているか と
才能ある詩人はともかくとてもむずかしい作業をしている
出来たら意思疎通できる簡単な言葉で書きたいわけですが
そんな感じで合ってますか?
@足立らどみ さん
そういう感じで、合っている、と「思います」。
昔、20年以上前、私が、東京に住んでいた頃、あるイベントのライブハウスで、美術家(パフォーマー)の黒田オサムさんに 私が 聞いたら、黒田さんは、こう言いました。
「詩を書いていれば、詩人だよ。」と。
らどみさんの書くものは、詩ですよ。だから、
らどみさんは、詩人だ。私は、そう思います。
まあ、私個人が、詩人かどうか、なんてことは、特に問題では無い。
私の書くものを読んでくれた人が、そこから、何かをさまざまに感じたり してくれれば、それでいいんです。そこで、交流が出来れば、尚いい。
私は、時々、言うんですが、読者あっての詩だと思います。もちろん、詩は、詩として独立した存在だ。しかし、そこに心が共わなければ、なんか さびしいというか 虚しいというか、ですね。
だから、読者と詩と詩人(作者)がそろっての 詩の場、だと思うんです。
そして、
らどみさんの、詩への深く豊かな 愛を感じます。^^
以上、いかがかしら。拝礼
今日はもう寝ます。では、おやすみなさい。