鉄の匂い

夕暮れの公園。
誰もいないブランコがひとつ、低く揺れている。
軋む音はしない。ただ、雨に濡れた鎖から立ちのぼる、古い血のような鉄の匂い。
子どものころ、この匂いを舌で確かめたことがある。
ざらついた鎖の表面。広がる赤茶色の、無口な味。
それは時間の皮膚だった。
誰も触れなくなったものの上にだけ積もる、優しいかさぶた。
私の心のなかにも、同じ匂いのブランコがある。
漕ぎだすことをやめて久しい。
約束や、果たされなかった願いが雨に打たれて静かに錆びていく。
指で触れると、消えない色がつく。
洗っても落ちない、思い出という名の染み。
私たちは皆、身体のどこかに消えない錆を抱えている。
それは痛みではない。
過ぎ去った日々が遺した、確かなしるし。
夕焼けが空を染めるように、ゆっくりと、世界を自分の色に変えていく。
もう悲鳴はあげない。ただ、沈黙のなかで、深く、深く、呼吸をする。
鉄の匂いを吸い込みながら。

投稿者

東京都

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